姫の激怒と恐怖心と過保護な大叔父達
天正十四年(1586年)四月二十一日
安芸国 吉田郡山城
六三郎達が周防国に到着した同日、毛利の本城の吉田郡山城では、安芸乃が大叔父の1人で吉川元春と小早川隆景の弟のある穂井田四郎元清に直訴していた
「四郎叔父上!父上を、いえ、最悪、父上が連れて行った軍勢だけでも城に戻しましょう!このままでは!」
「待て待て安芸乃。気持ちは分かるが、今お主が、備中国に戻ろうものなら、間違いなく又四郎兄上に要らぬ労力を割いてしまうから、次郎兄上が来てから、
軍議を行ない、どうするかを決めていくから。とりあえず、大人しくしておれ。良いな?」
「分かりました」
何とか安芸乃を落ち着かせた元清だが、元清自身も、兄の隆景に、「甥の太郎が残しておいた兵を全て連れて来て、城の守りが無い状態だから、急いで城の守りに行ってくれ。次郎兄上にも知らせておるから」
と言う、ざっくりとした内容でしか伝えられていない。人数も少ないので、元清自身も不安ではあるが、現在、城の中の人間で自分が最年長だからこそ、
落ち着く様に努めている。そんな元清は、安芸乃に対して
(まったく、太郎よりも、太郎の娘の安芸乃の方が戦況を理解しておる。改めて、安芸乃が太郎の嫡男だったなら、
太郎を強制的に隠居させて、安芸乃に家督相続させても、兄上達も反対しないだろう。それ程の傑物になれただろうに、女子である事が、何とも惜しい)
安芸乃が女子である事を、内心嘆いていた。そんな元清に対して安芸乃は、
「四郎叔父上。次郎叔父上率いる軍勢が来たら守りは増えますが、それでも」
何やら不安を訴えていた。それに対して元清は、
「安芸乃、何か不安な事でもあるのか?人数の不安ならば、確かに、織田の全軍が来たら不安になるが、
それは、備中国で睨み合いをしておる又四郎兄上が敗れた事を意味するぞ?大丈夫じゃ、又四郎兄上の軍略の才を持っておる人間など、
そうそう居ない。だから、安心せよ。儂と次郎兄上で、城を守りぬき、織田の軍勢の一部が来ても、返り討ちにしてくれよう」
安芸乃を落ち着かせる為に、言葉をかける。それでも安芸乃は、
「四郎叔父上。又四郎叔父上は大丈夫だと思いますが、次郎叔父上を伯耆国の戦で敗った武将が、毛利に反抗している地侍や国人領主を連れて来たら、その可能性が否定出来ないのです」
六三郎達が無茶苦茶な策で、元春の足軽達を虐殺レベルで討ち取った戦の話をした。その話を聞いた元清は
「安芸乃!今の話は誠か!誠に、次郎兄上が戦で敗れたのか?」
「はい。討ち取られたのは足軽達で、次郎叔父上を筆頭に、大将格は無事だった様ですが」
「安芸乃、その話を詳しく聞かせよ」
元清は、細かい内容を安芸乃から聞くと、
「その様な戦が伯耆国であったとは、しかも次郎兄上の軍勢と、ほぼ同数の兵力。又四郎兄上が儂に出来るかぎり早く行け。と言っていたのは、この為か」
実は、予想以上の重要事案だと、理解した。そんな不安を抱えながら、何も起きずに5日が過ぎた頃
天正十四年(1586年)四月二十六日
安芸国 吉田郡山城
「四郎!遅くなり、済まぬ!」
石見国と安芸国の境に居た、吉川元春が吉田郡山城に到着した。元春は開口一番
「織田の軍勢は、来ておらぬか?」
六三郎達が来ていないかの確認をした。それに対して元清は
「いえ。今のところ、織田の軍勢の姿も見えませぬ」
と答える。答えを聞いた元春は、
「良かった。間に合ったか」
糸が切れたかの様に、へたり込んだ。元春の様子を見た安芸乃が、
「次郎叔父上。それ程に疲れているのは、余程の事が、もしや、伯耆国での戦が」
元春に質問すると、元春は
「そうじゃ。安芸乃、お主の事じゃ。又四郎に送った文を見たのじゃろう?」
逆に安芸乃に質問すると、安芸乃は
「はい。又四郎叔父上に取り次ぐ前に読ませていただきました。あの文の内容、直ぐには信じられません。ですが、次郎叔父上が虚偽の報告をするわけがありませぬから、食い入る様に読みました」
「まあ、最初はそうじゃろう。だが、世鬼達がかなり頑張ったおかげで、儂の軍勢を敗った織田の大将の事が分かった。これが、その大将の事を書いた文じゃ」
元春は最初に元清に、六三郎の事を書いた文を渡す。元清は、じっくりと読みながら、
「じ、次郎兄上。この、柴田六三郎とやらが、誠に軍勢の総大将なのですか?齢二十二とは、我々の末の弟の藤四郎と二歳しか変わらないではありませぬか」
元春と同じ様に、六三郎の年齢に驚いていた。元清のリアクションに対して元春も、
「儂も最初は驚いた。だが、今にして思えば、この柴田六三郎とやら、十四年前の時点で既に、日の本全土に自身の初陣を知られておった。四郎、お主も聞いた事があるはずじゃ
十四前、当時日の本随一の家の甲斐武田家が、天下取りの為の上洛の際、本隊は東海道を進み、別働隊は中山道を進んでいたが、その別働隊の一つが、美濃国で敗れた戦の話を」
「確か、全員武士の武田軍三千に対して、武士と百姓で混成された三千以下の織田軍が勝利した戦でしたな
次郎兄上、その戦と、この柴田六三郎とやらに何の関係が?」
「その戦の話が流れて来た時、儂達が最も有り得ぬと一蹴した事を思い返してみよ!」
「確か、元服前の童が総大将を務めた、、、まさか次郎兄上?」
「その、まさかの可能性が高い!当時、又四郎から、養子に入った藤四郎が、その戦の話で興奮しておったと嘆いておった。ここ迄言えば分かるじゃろう
此度の山陰を進んでおる、織田の軍勢の総大将の柴田六三郎は、その時の童の可能性か高い。はっきり言って、又四郎とは違う軍略の才を感じるが、その様な若武者が、自身より十歳も二十歳も歳上の者達を、
率いて、見事に使いこなしておる。此度、もしも、その柴田六三郎率いる軍勢が、総力を上げて吉田郡山城を攻撃して来たら。
そう考えると、儂と四郎の軍勢だけでは、心許ないと思った。だから、他の弟達も連れて来た。皆、入って来い!」
元春に呼ばれて、大広間に入って来たのは、
「四郎兄上。久しぶりですな、十郎にございます」
「四郎兄上。七郎にございます」
「六郎にございます」
「孫次郎にございます」
「お主達、次郎兄上。まさか、弟達の軍勢も全て連れて来たのですか?」
ここで元清が驚いた理由は、十郎こと、椙杜十郎元秋、七郎こと、末次七郎元康、
六郎こと、天野六郎元政、孫次郎こと、出羽孫次郎元倶の、
家臣の家に養子に行って、それぞれ領地を持っている弟達が全員集合した事である。驚いている元清に元春は、
「四郎。お主の驚きも理解出来る。だが、情けないと言われても良い程、この柴田六三郎とやらの戦は読めぬ!拠点にもってこいな月山富田城を落とすわけでもなく、
軍資金を増やす為に石見銀山を奪う事もしない。そんな若武者が、毛利家の大事な後継者の幸鶴丸に殺意を向けたらと考えると、守りを固めても固めても
不安でしかない。だから、十郎達を軍勢と共に連れて来た。儂と四郎の軍勢と合わせると一万六千じゃ。これならば、大丈夫のはずじゃ!」
元春の説明が終わると、元秋達は
「四郎兄上!戦上手な次郎兄上がこれ程、慎重に動いておるのですから、気を引き締めましょう」
「そうです。太郎は少しくらい怪我を負っても大丈夫でしょうが幸鶴丸は、そうはいきませぬ」
「幸鶴丸を守るなら、太郎の事は又四郎兄上に任せましょう」
と、「輝元はほったらかしにしても大丈夫。最悪の場合、幸鶴丸が生きていれば、それで良い」と言っているかの様だった。
かなり過保護な大叔父達をよそに、安芸乃は
(織田家の柴田って、柴田勝家の事でしょ!柴田勝家に、私と歳の変わらない息子なんて居た覚え無いわよ!
しかも、なんで織田家の重臣である柴田勝家本人じゃなくて、その息子か軍勢の総大将なんて務めてるの?信長は家格とかじゃなく、能力で出世させる人のはず
そのとおりだとしたら、勝家じゃなくて、この六三郎って息子が有能って事じゃない!そんな人が攻めて来たら)
六三郎に恐怖心を抱き始めていた。