当主なのに叱られるが父として娘を城に戻す
ネットで調べた広島の言葉を使っております。もしも、広島出身の方で、気を悪くした方がいたら申し訳ありません。
天正十四年(1586年)二月三日
備中国 某所
「又四郎叔父上!そして皆!出陣が遅くなり、申し訳ない!」
「殿!体調はよろしいのですか?」
「大殿自らの御出陣じゃあ!大殿の御前で、負け戦などあってはならぬぞ!皆、気合いを入れよ!」
「「「「「おおお!」」」」」
安芸国の吉田郡山城から出陣した輝元は、およそ10日で備中国の本陣に到着した。そして、輝元の狙い通り、兵達の士気は最高潮と言っても良い程に高まると
隆景が輝元に質問する
「殿。ちなみに、軍勢は何処から何人程、連れて来たのですか?」
「又四郎叔父上、長門国から四千人を連れて来ましたぞ!この備中国を抜かれる事はあってはならない事!此処で軍勢の出し惜しみをしては、これまでの戦が無意味になってしまいますからな!」
輝元はドヤ顔で隆景の質問に答える。しかし隆景は、
「殿!織田は山陽だけでなく、山陰からも攻めておるのですぞ!もしも山陰を守る次郎兄上の軍勢が敗れたら、山陰から長門国まで兵達が居ないではありませぬか!」
「又四郎叔父上。次郎叔父上の軍勢が負けるわけがありませぬ!」
この輝元の言葉に、隆景は
「殿。陣幕内でお話したいので、来てくだされ。皆は警戒に努めよ!」
「「「ははっ!」」」
本陣の陣幕内に輝元を連れて、2人だけになると
「われ!よーけぇ兵を連れてきよって、万が一の事も考えられん、ばかたれになったんか!戦場で敵をねぶるんは、おえんと昔から言っとったじゃろうが!分かっとんか幸鶴丸!」
輝元が山陰が征圧された万が一の事を考えずに、多くの兵を連れて来た事を地元の言葉が時折出て、更には幼名で呼ぶ程に叱責した
三十歳を超えて叱られた輝元は、
「申し訳ありませぬ。ですが又四郎叔父上、山陰を攻めている織田が、わざわざ山陰から長門国と周防国を通る遠回りをしてまで、
安芸国を攻めるなど有り得ぬと思ったからこそ、拙者は長門国から軍勢を連れて来たのです」
兵達を連れて来た理由を、隆景に伝える。しかし、
「かばちたれるな!」
輝元の言い分に、再び地元の言葉で怒りを見せる。そこからは、ひたすら輝元が頭を下げて、何とか隆景の怒りが収まって、落ち着いて話が出来る様になり、
「それで、太郎よ。此度、出陣したのは、兵達の士気を上げる事以外に安芸乃を連れて帰る事な目的なのじゃろう?」
「はい。それこそ、安芸乃を確保したら直ぐに城に戻したいと思っております!又四郎叔父上、安芸乃はどちらに?」
「連れて来させる、待っておれ。誰ぞ、安芸乃姫を連れて参れ!」
「ははっ!」
隆景は陣幕の前に居る家臣に安芸乃を連れて来る様、命令する。そして、しばらくすると、
「大殿!殿!姫様を連れて来ました」
安芸乃を捕まえて、2人の前に連れて来た。2人の前に来た安芸乃は
「父上!体調は良くなったのですね!それは祝着でございます。それでは早速、織田への対策を」
と、何も言わせない様に勢いよく話したが、輝元は騙されずに
「安芸乃。もう、城に戻れ!形だけでも儂の代わりを務めた事は感謝する。だが、お主は女子なのじゃ!戦場は儂達元服した男に任せよ!」
と命令した。しかし安芸乃は、
「父上。私も毛利家の為に戦わせてください!」
輝元に食い下がる。しかし輝元は、
「ならぬ!安芸乃よ、先程も言ったが、戦は儂達に任せよ。それに、此処で安芸乃を死なせてしまったら、
儂は、三年前に死んだ、安芸乃の母の美寿に合わす顔が無いではないか!それに、幸鶴丸の母の
鶴は、幸鶴丸を産んで間もない頃に死んでしまった
安芸乃よ、頼む!最悪、儂が討死しても、お主が生きておるなら、幸鶴丸を支えてやれる!だから、何も言わずに、吉田郡山城へ戻ってくれ!」
輝元の言葉に安芸乃はとうとう、
「分かりました。ですが父上、油断なさらぬ様、お願いします」
「分かっておる!それよりも、早く城に戻る準備をせい。誰ぞ!娘を吉田郡山城へ連れて行け!」
輝元は家臣へ、そう命令すると、家臣達は輿を準備して、安芸乃を乗せた。出立する前に安芸乃は
「父上。次郎叔父上が、山陰で織田に敗れた事を書いた文がありますが、それをよく読んでください。織田は一筋縄ではいきませぬ」
輝元にそう伝える。輝元は
「分かった。安芸乃も気をつけて戻れ。皆、娘を頼むぞ」
「「「「ははっ!」」」」
家臣達は返事をすると、安芸乃を連れて出立した。安芸乃達を見送った輝元は、
「又四郎叔父上。安芸乃が言っていた事は誠なのですか?勇猛果敢な次郎叔父上が戦に敗れたなど、信じられないのですが」
「太郎。儂も最初は信じられなかった。だが、この文を見るに、次郎兄上は誠に戦に敗れた様じゃ」
隆景はそう言って、輝元に元春からの文を渡す。文を読んだ輝元は
「し、信じられませぬ。あの次郎叔父上が戦に敗れたとは」
「太郎。確かに次郎兄上は戦に敗れたのじゃ。それは事実じゃ。だが、およそ二千五百人を失っても、人数はほぼ同数らしい。
だから、此処は次郎兄上が言う様に援軍は送らぬ。だが、いざとなれば、援軍を送る。その時は、儂が援軍を率いて山陰に行くから、山陽は任せたぞ」
「はい」
こうして、輝元と隆景の不安の種だった安芸乃を吉田郡山城へ戻す事は出来たが、輝元は元春が戦に敗れた事に衝撃を受けていた。