父は良い経験と判断したからこそ
「三郎よ、その言っておった内容を覚えておるか?」
「おおよそではありますが、確か、「越後国の戦後復興を家臣の倅を含めた者達に経験させる文を送ってみようと思う」だったかと、あくまで提案ぐらいに留めるぐらいの感じでしたが」
「ふむ。現状、北条と戦になる可能性は低いから、確かに他の国や、他家の者達と顔見知りくらいの知り合いを作るには良い機会じゃな。それに、将来的に、
例え領地が小さくとも、差配や内政の基礎を経験出来るならば」
家康がそこまで言うと、
「父上!その越後国での復興支援に行かせていただきたく!」
於義伊が越後国へ行かせてくれとリクエストして来た。リクエストされた家康は
「於義伊。物見遊山ではないのだぞ?分かっておるのか?」
「はい!元服前から少しでも働かないと、いつか領地を持った時、そして、兄上が家督を継いだ時、何も出来ない武士になってしまいます。
なので、微々たる程度かもしれませぬが、何か得る物が間違いなくあると思います!なので、越後国の復興支援へ行かせていただきたく!」
於義伊の真剣な顔を見て、
「分かった。だが、三郎殿や勘九郎殿から文が来てからじゃ。勝手に行って、復興支援に従事する者達を驚かせてはいかん。それまで待てるな?」
「はい!」
「うむ。ならば、これまでどおり、頭と身体を鍛えておく様に。さて、越後国には於義伊と他に何名かを行かせると決めたが、三郎よ。先程、柴田殿が意識が無い状態で寝ていたと言っていたが、柴田殿は目覚めたのか?」
「はい。目覚めたのですが、その時に右手が少しばかり動かなくなった様でして」
「軽度の中風にでもなったのかのう。まあ、無事に生きておるのであれば、良かったと周りも思ったに違いない」
「父上。確かに生きていて良かったと周りは思っていたのですが、その中で六三郎殿は、こう言っておりました。
「次倒れたら、年齢的にも、肉体的にも死んでしまうから、自分に家督を譲って越前国で、母上とのんびり過ごしながら長生きしろ」と」
「はっはっは!誠に六三郎殿らしい!豪胆な言い方なれど、その実、柴田殿の身体を気遣っておるな」
「はい。その言葉に柴田殿も色々と考えた末に、家督を譲る決断をしました」
「まあ、柴田殿ならば、右手の事が無くても年齢的に流石にのう。それで、織田家の家督を継いだ勘九郎殿に、その事を伝える為に、近江国へ行ったのじゃな?」
「それが父上、また六三郎殿が関わる事で、とてつもない事が起きて、近江屋へ行く前に信濃国へ寄ったのです」
「どの様な事が起きたのじゃ?」
「実は六三郎殿、越後国へ行く為の近道として、信濃国の川中島近くの場所を通って、そこでまさかの、かつて越前国を治めていた朝倉家当主、朝倉左衛門督の遺児達と出会ったのです」
「は、はああ?ま、誠か三郎?誠に、朝倉左衛門督の遺児が居たのか?」
「はい。しかも、六三郎殿は越後国でその事を義父上に伝えて、義父上も興味を抱いた様で、信濃国へ六三郎殿の案内で、柴田殿、拙者、武田家の典厩殿と共に
遺児達の家に向かいました。そこで、遺児達が何故、この様な状況なのかを義父上が聞いたら、父の朝倉左衛門督が、ある女子に骨抜きにされて、
その女子との間に産まれた男児の家督相続の邪魔になるからと、その遺児達を母親と共に、朝倉家から追放したのです。
そして、流れついたのが、信濃国の川中島近くであるという事なのですが、その遺児達の長女が、ほんの少し医術の心得があるのか、柴田殿の動かなくなった右手が動く様になるかもしれないと言っておりました」
「ほお。しかし、朝倉家と織田家は険悪な関係なのじゃ。長女以外は斬られたのではないのか?」
「それが義父上は、朝倉家と戦になる前に追放された遺児達には、その様な感情を持っていない様で、柴田殿が右手が動く可能性を示してくれた事と、
双子の男児が武士としての作法を知らないからと、色々教えて、鍛える旨を伝えて、越前国へ連れて行く事に決まりました」
「全く、六三郎殿は相変わらず訳ありの者を引き寄せるのう。勝手な予想じゃが、柴田殿の右手が少しでも以前の様に動ける様になったら、六三郎殿の側室か、
自身の側室にでも、するんじゃないかと思えて仕方ない。しかし、朝倉の遺児が生きていたとはのう。
六三郎殿は美濃斎藤家の遺児達も引き寄せたのじゃから、そのうち、北近江を治めていた浅井家の遺児も見つけそうじゃな」
「いやいや、父上。浅井家は流石に六三郎殿と言えど、無理ではありませぬか?勘九郎義兄上から聞いた事がありますが、浅井家に連なる者は、元服前の幼子まで殺されたそうですから」
「いや、三郎よ。六三郎殿がこれまで起こして来た常識外れとも呼べる行動は、ありえない事を起こしそうではないか」
「まあ、それは否定出来ませんが」
「はっはっは。まあ、もしも六三郎殿が浅井家の遺児を見つけたのであれば、そうじゃなあ、一年くらい、三郎に全ての事を任せて、儂は竹千代と竹二郎と長丸のお目付役として越前国か、三郎殿の居る近江国でのんびり過ごしてみるのも良いかもしれぬな」
「えっ?ち、父上?何を仰いますか?」
「あくまで、「もしも」の話じゃ。それに三郎よ、お主も六三郎殿が家督を継いだ話をしたと言う事は頭の中で少なからず考えているのであろう?ならば、
その様な状況になった時の準備として、一年程、お主の差配でやってみよ」
「ち、父上。分かりました!その様な状況になったのであれば、やってみます」
「そう固くなるな。あくまでも、「もしも」の話じゃ」
家康も信康もたわいの無い話のつもりだが、六三郎が浅井家の遺児の虎夜叉丸の事を言わなかった事で、徳川家にフラグが立ってしまった。




