何事も無く進みたいと言ったのに!
天正十三年(1585年)一月三日
信濃国 川中島
「お願いします!我々を上杉との戦に連れて行っていただきたく!」
「我々も同じく!此処でひとつ武功を挙げて、皆様方の御家のどちらかに召し抱えていただきたく!」
「我々も!お願いします!」
「同じく!」
「何卒!」
皆さん明けましておめでとうございます。新年早々、面倒くさい人達に絡まれております柴田六三郎です
まあ、正確には俺と三郎様と典厩様が絡まれているんだけどね。数日前に真田親子から
「越後国への近道なら上田を通れば早いけど、近くの川中島やその周辺は地侍が多いから、戦になるかもしれないけど、どうします?」と言われて、
三郎様と典厩様の2人から、そこを進む了承を得たから進んだのはいいけど、まさかの戦じゃなく地侍達の売り込みが待っていました
売り込む理由はシンプルに「武田家が織田家に臣従したら、戦が減ったから」で、今までは、武田家が甲斐国から出陣する時は、隣の信濃国の人間には必ず声をかけていたと、
そこから、駿河国や遠江国、更には三河国で徳川家と戦って、金品や食料品を奪ったり、もらったりしていたとの事です
この話を聞いて、俺としては断る一択です。だってねえ、織田家は京で治安維持を請け負う家なのに、地方の戦では乱暴狼藉を働きます。なんて評判が出たら、
公家連中が面倒くさいし、何より、そんな連中を連れて来た俺にも何かしらの処罰がくだされてしまう!
そんな事で、せっかく本能寺の変を超えた寿命を終わらせたくないので、
「申し訳ないのですが」
俺が断ろうとしたら、
「六三郎殿!この者達じゃが、六三郎殿が甲斐国で行なう土地改善で働かせてはどうじゃろうか?」
三郎様がいきなり、「こいつら、戦じゃない場所で働かせよう!」と言って来た。いやいや、三郎様?
働かせるにしても、何処の家で召し抱えているか分からない人間ですよ?それに、俺はそもそも現状、家臣を増やす予定は無いのですから、
で、そんな俺の考えが分かったのか、助け舟を出してくれたのが典厩様でした
「六三郎殿。この者達は、我々武田軍に臨時で雇っておこう」
「典厩様、よろしいのですか?」
「あくまで臨時じゃ。働き次第では、儂の家臣だったり、五郎殿の家臣に推挙しようと思う。この者達が、あり得ぬ程の愚か者でなければ、大丈夫のはずじゃ」
「典厩様。ならば、お願いします」
「任せてくだされ」
と言う事で、信濃国の地侍およそ100人が臨時で武田軍に加入しました。
問題も解決したので、改めて先を急ごうとしたら、
「若様!」
銀次郎が俺を呼んでいます。嫌な予感がしたので、源太郎と昌幸さんを連れて、銀次郎の元へ向かうと
「若様!いきなり申し訳ありませぬ。この姉弟が、若様に召し抱えていただきたいと!」
姉と弟2人が正座していた。いや、一月の寒い時期に地面に正座や平伏はツライだろ
「とりあえず、3人共、立ちなされ。今の時期の地面に正座は寒いから」
「「「ありがとうございます」」」
そう言って、3人共、立ち上がったんだけど、姉の方は俺や弥三郎より少し歳下、初や立之助と同い歳くらいに見えて、弟2人は五郎左衛門や新三郎と同い歳くらいに見えるな
まあ、とりあえず名前から聞いてみるか
「先ずは姉である、お主の名を教えてくれぬか?」
「はい、あさくら高代と申します」
ん?今、「あさくら」って言った?あさくらって、あの朝倉?いやいや、そんなまさかな。だって、世の中には「浅倉」も「麻倉」も居るんだぞ?
そんなピンポイントで俺に対して名字が「朝倉」の人が来るわけがない!うん、そうだよ!そうに違いない!と言うかそうであってくれ!
※六三郎は現実逃避をしております
「え〜と、高代殿でしたな。「あさくら」はどの様な字か書いてくだされ」
「はい」
と、高代さんが地面に書いた漢字は
「朝倉」でした。あ、これは、この流れは、うん間違いないな
「成程、朝倉高代殿ですな。では、弟の2人、1人ずつ名を教えてくれぬか?」
「双子で兄の、朝倉宗太郎高景と申します」
「双子の弟の、朝倉宗次郎盛景と申します」
やっぱり!名前の下が同じと言う事は、武家や公家とかの少なからず立場のある、若しくはあった家の、いわゆる「通字」が適用されているから、
どうする?聞く?最悪の場合、「父の仇」とか言って、俺が殺されるのか?どうしよう?と言うか、大殿や親父達の前に出してもいいのか?
俺が対応を考えていると高代さんが、
「ふふっ。柴田六三郎様は、やはり噂どおりの優しいお方ですね」
と、話しかけて来た。俺の側の3人が思わず身構える
「申し訳ありません。愚弄したわけではありません。柴田様は既にお気づきかと思われますが、護衛の方々に説明したいので、私達姉弟の家に来ていただきたく」
と、高代さんが言うので、
「良かろう」
「「「若様?」」」
俺の返事に3人は驚いているが、高代さんはかなり頭が回るか、勘のいい人なんだろうな。俺達が何もしない事を分かっている様だ。仕方ない、乗り掛かった船だ
「銀次郎!」
「はっ!」
「三郎様と典厩様に、少し所用があるから出立を待ってもらう様、伝えてくれ!それから、源次郎を連れて来い」
「ははっ!」
俺の命令を聞いた銀次郎は、あっという間に源次郎を連れて来た。訳が分からない様子だったが、俺の周りを見て、何か察した様だった
まあ、無駄な説明も省けたし、それじゃあ、越前一国を柴田家の前に治めていた朝倉家の遺児達の話を聞こうじゃないか!
何事も無く進みたいだけなんだけどなあ。