全ては大殿の計画
天正十二年(1584年)十二月二十七日
越後国 某所
場面は六三郎が赤備えの皆と里帰りと墓参りをしている場面から信長率いる軍勢が本陣で休みながら、森蘭丸と話す場面に変わる
「大殿。北陸方面軍が大幅な前進をしていなければ、そろそろ見える距離に入るかと」
「うむ。越前国から出陣して、全て雪国であったが、思ったより早く越後国に入れたな。まあ、飛騨国の内ヶ島家に関する事を六三郎に押し付け、ではなく任せたからな
六三郎ならば儂が細かく指示せずとも、納得出来る落とし所を見つけるであろう。それが弥三郎や五郎左の倅には不思議に思うかもしれぬが、
良い経験になるはずじゃ。正直に申せば、内ヶ島家の正室も、姉小路家の正室も、帰蝶の姉妹じゃが、だからといって良き待遇を期待したり、
血縁関係に胡座をかいて働かない家なぞ、無用の長物じゃ!最悪の場合、滅ぼしても良いと儂は思う!」
「は、はあ」
「それに、此度わざわざ六三郎に中山道を通らせずに飛騨国を経由させる道を行かせたのも、過去の戦で敵より人数が少ない軍勢ながら、勝ちを掴んだあ奴が大軍を率いた場合、
周りの日和見の者達がどう動くかを試す意味もあるからのう。一部の者は、さっさと中山道から行かせたら良いと口うるさかったが」
「では大殿。飛騨国で内ヶ島家を始めとした勢力が臣従を申し出て来た場合は、次の戦で六三郎殿の与力に付ける軍勢を増やすのですか?」
「それも良いかもしれぬな。此度は長宗我部家と丹羽家から合わせて四千の軍勢を率いておるが、来たる関東の北条との戦か、九州での戦か、奥州での戦では、
一万、いや二万以上の軍勢を率いさせてみても良いかもしれぬな!流石に還暦を過ぎた権六を残りの戦に参戦させたら古希になってしまうからのう
権六のこれ迄の働きには感謝しておるが、そろそろ隠居も考えておけと言わないといかんかのう」
信長は六三郎が自身の予想以上の結果を出すかもしれないという期待で笑顔を見せつつも、これまで織田家の為に働いてくれた勝家の隠居という未来に、少し暗い顔も見せた
そんな信長の元に、六三郎達の動向を密かに監視していた間者から報告の文が届いた
「文が届いたという事は、六三郎達に何か動きがあったか。どれ」
信長は文をじっくりと読み出す。読み終えると、
「はっはっは!やはり、六三郎に関わると必ず何かが起きるな!やはり、あ奴に総大将としての経験を積ませた事は間違いなかった!」
「大殿、そのご様子ですと、飛騨国で何か起きたのですか?」
「ああ。先ず最初に飛騨国に入って、内ヶ島家が臣従の申し出をする為に、居城へ来てくれと言われたそうじゃが、
六三郎は「山と城が崩れそうだから断る!話があるなら、本陣に来い!」と言ったそうで、内ヶ島家は翌日に本陣に来て、織田家へ臣従したいから取次を申し出たそうじゃ。それを六三郎は、「戦で働いてからだ」
と答えて、最大戦力が千人の内ヶ島家から百五十人を出す様に要求して、内ヶ島家もそれを呑んだそうじゃ。更に、誰が内ヶ島家の軍勢を率いるか、その場で決めろ!とも命令したらしい」
「二十歳の若武者とは思えぬ交渉ですな」
「確かにな。この交渉結果だけでも充分なのじゃが、六三郎はやはり何かを持っておるとしか思えぬ事が起きた。何と、その日の夜に大雨が降って、山が崩れて、居城が潰されたそうじゃ」
「では、内ヶ島家は全滅したのですか?」
「いや、内ヶ島家は六三郎の言葉を気にしていたのか、避難出来た様じゃ。しかし、それで領地が無くなった事で六三郎に
「倍の三百人を出すから、何卒領地を」と頼み込んで、六三郎もそれを了承して、四千と少しだった軍勢が更に増えたそうじゃ」
「これもまた、訳ありの者と言う事ですか」
「まあ、そう言う事になるのう!全く六三郎め、あ奴の人を引き寄せる天賦の才は末恐ろしいのう!」
「それでは大殿、その内ヶ島家の領地は如何なさるのですか?」
「まあ、働き次第ではあるが、何処かしらの小さい、一万石くらいは与えても問題無かろう。いざとなれば、期間限定で柴田家の家臣として働かせてからでも良かろう!」
「はあ。と言う事は六三郎殿か、柴田様は又新たな家臣を召し抱えるのですな」
「まあ、そう言う事じゃな。親父同士で見たら、佐久間の方が家中の序列は上になるが、佐久間の倅の甚九郎は戦に出ないからのう。
しかも、六三郎より八歳も歳上なのにも関わらず、出陣した回数が六三郎と同じで、これといった武功が無いのでは、佐久間の尻を叩かないといかんかもしれぬな」
「大殿。それは、廃嫡の命令を出すと?」
「半介が親として甘いままであったなら、それも仕方あるまい。半介の佐久間家と権六の柴田家と藤吉郎の羽柴家は、織田家中において、総大将を任せられる数少ない家じゃ。
じゃが、その家の嫡男が出陣しないのであれば、他の家に示しがつかぬ!更には、「それならば自分が嫡男と共に出陣する」と言う家まで出て来て、収拾がつかなくなってしまう
藤吉郎の嫡男は元服どころか十歳にもなってないから出陣など不可能じゃ。元服前に出陣した六三郎と同じ様に扱ってはならぬ!しかし、甚九郎はこの中で一番歳上なのにも関わらず、此度も出陣しておらぬ!
これでは、親父の半介がどれ程大きな武功を挙げても無意味じゃ!お蘭!儂は決めたぞ!此度の上杉との戦が終わったら、半介と話し合う!そして、甚九郎に家督を継がせるつもりなら出陣させよ!と伝えて、
それを拒否するのであれば、二男以降の誰かを嫡男に据えよ!と選択させる!我が子か可愛い事は分かるが、武士の子ならば出陣して武功を挙げるか、
内政で領地を発展させるべきじゃ!六三郎はそれを幼い頃から両方やっておる!どちらも出来ぬのであれは、廃嫡もやむを得まい!そう思わぬか?」
「大殿が御決断なされたのであれば」
「うむ。これからの方針が少し決まった。それでは、権六達の本陣へ向けて、出立する!急ぎ本陣を片付けよ!」
「「「「ははっ!」」」」
信長が移動の決断をくだして、本陣を片付けていると、
「御免!拙者、織田家家臣の前田又左衛門である!此方に織田内府様は」
前田利家率いる軍勢が信長の本陣に挨拶に来ていた。それを聞いた信長は
「犬!此処じゃ!色々と話したい事はあるが、先ずは権六の元へ案内せい!」
「ははっ!」
自分達を案内する様、命令した。