十二年分の怒り
銀次郎の実家の土屋家を出た俺達は、次に新左衛門の原家に向かう。それ程、離れていない距離だったので、1時間もしないうちに到着した。
原家も土屋家とそんな変わらない大きさと古さの家だったが、土屋家と違い騒がしかった。そんな原家の戸を叩こうと、新左衛門は戸の前に立ったが、先程の銀次郎と同じく躊躇している
これは銀次郎の時と同じく、俺がやらないとダメだろうな。と言う事で、トントンと戸を叩いて
「御免!原新之助殿は御在宅か?」
と、声をかけると、
「どちらの、、ろ、六三郎殿?それに、赤備えの皆様、更に兄上まで!?一体、どの様なご用が?」
戸を開けた新之助さんが驚いて固まった。そして、新之助さんの後ろから、
「新之助兄上、大きな声を出して、どう、、、」
女の人が向かって来た。新之助さんを兄上と呼んでいるから、妹さんなんだろうなと思っていたら、
「ああ!新左衛門兄上!」
新左衛門に気づいて大声を出す。そして、俺達の元に走ってくると、
「そりゃあ!」
いきなり木刀で新左衛門を叩こうとした。新左衛門は難なく避けるが、
「兄上!どの面を下げて、帰って来たのですか!兄上が、十二年前に居なくなってから、父上と母上はあ!」
新左衛門の妹さんは、かなり怒り狂っている様で、木刀を振り回す。かなり腕が良いから、止めるには俺達全員で止めないといけない。俺達が止めようとすると新左衛門は
「止めないでくだされ!!」と叫び、妹さんの木刀を
額で受け止める。「ゴン!」と鈍い音が聞こえて数秒後、
「新左衛門!血が!」
額から血がゆっくり流れてくる。かなり効いたのか、新左衛門は片膝をつく。それでも妹さんは、
「まだまだあ!こんな事で許されると思うなあ!」
そう言って、木刀を新左衛門の頭に振り下ろそうとする。その時、
ガンッ!と木刀が何かにぶつかった音が聞こえた。よく見ると、
「雷花!」
普段は俺の周りに潜んでいる雷花が、10メートルくらい離れた妹さんの木刀に投石を当てて、少し方向を変える。しかし、妹さんは再び、新左衛門に木刀を振り下ろそうとする
その数秒、正しく、ほんの一瞬だった。気がついたら雷花は、妹さんの隣にいた。そして、
トンッ!と、手刀を1発、妹さんの手首に当てて、木刀を落とす。
「何をする!!」
妹さんは、慌てて木刀を拾おうとするが、雷花は木刀を俺の方へ蹴り渡す。それに気づいた妹さんは、
「返せ!!」
と、鬼気迫る顔で、俺に向かってくる。でも、その途中で
「いい加減にせんか!兄上を打ち据えても、父上と母上が生き返らぬ事くらい、お主も分かっているであろう!琴音!」
新之助さんが、妹さん、名前も分かったので、琴音さんを平手打ちした。すると、叩かれた事で冷静になったのか、それとも事実を突きつけられたからなのか、琴音さんは
「う、う、うわあああ!」
と、大泣きしだした。それだけでも大変なのに、
「新左衛門!」
「新左衛門殿!」
と、赤備えの皆が大騒ぎしている。振り返ると、新左衛門が倒れている。どうやら失神したみたいだ
この状況に新之助さんが、
「皆様!申し訳ありませぬが、兄上を家の中へ連れて来てくだされ!」
「「「「承知」」」」
赤備えの皆に新左衛門を運ぶ様、頼み込む。銀次郎が新左衛門を背負って、家の中へ入ると、他にも数名入っていった。そして俺と雷花と残った数名は、琴音さんを囲む形になる
流石に、この状況はよろしくないので、
「皆、琴音殿の剣の腕は見事であったが、あくまで女子じゃ!手を出すでないぞ?」
俺がそう言うと
「「「「「ははっ!」」」」」
皆は返事をする。そして雷花にも
「雷花!見事な働きであった!だが、雷花以外の者も、同じ様な働きが出来ないと、側室である雷花が休めないであろう。今後は他の者達も働かせる様に」
「ははっ!」
「では再び、隠れてくれ」
俺がそう言うと、雷花は音もなく、姿を消した。さて、それじゃあ琴音さんに色々聞くか
「さて、琴音殿。とりあえず自己紹介をするが、拙者の名は柴田六三郎長勝。琴音殿の兄である新左衛門の主君じゃ」
「あなた様が、新左衛門兄上の」
「そうじゃ」
「新左衛門兄上はいつから、柴田様の家臣になられたのですか!?こんな事を言ってはなんですが、原家は、曾祖父の時代、それこそ信虎公よりも前の武田家に仕えていた、歴史ある家なのです!
新左衛門兄上も、ゆくゆくは父上の後を継いでいくはずだったのに!何故、柴田様に仕えているのですか!?教えていただきたく!」
「出来るかぎり簡潔に話すが、琴音殿。事の発端は十二年前、当時儂の父上が治めておった美濃国の領地に武田家の軍勢が攻めて来た事じゃ。大将は秋山という者で、その中に新左衛門は勿論、此処に居るほぼ全員が
参戦しておった。その戦では、辛くも儂の居る織田家が勝利し、秋山達は敗走していった。だが、儂達の捕虜となった者達が居た」
「それが新左衛門兄上を始めとした皆様ですか」
「そうじゃ。最初は皆、秋山達が自分達を助けに来ると思っていたが、待てど暮らせど、その気配は一向に無く、それならば儂の家臣として仕えぬか?と、誘い、今に至るわけじゃ」
「では、では!柴田様が全ての要因ではありませぬか!!」
琴音さんの叫びが胸に刺さる。あながち間違いではないだけに何も言えない。俺がそう思っていると、
「いや、琴音殿!それは違うぞ!若様が要因ではない!」
源太郎が話し始める
「琴音殿。要因が誰かと言うのであれば、それは間違いなく秋山じゃ!あの日の戦は、本来ならやらずともよい戦であった。だが、秋山は武功欲しさに、
若様が居る土地へ攻め込み、無様に負けただけでなく、儂以外は初陣であった者を見捨てたのじゃ!
その事を秋山は無かった事にする為、儂達を助けない事を決めた。だが、その一方で若様は、我々を人間として扱ってくれた!甲斐国では食べた事もない物を食べさせてくれたり、
武田家では重臣しか入る事を許されなかった風呂にも入らせてくれた!それ以外にも、武田家ではありえぬ施しをしてくださった!だからこそ!」
源太郎がそこまで話すと、琴音さんは
「秋山様が要因である事は分かりました。ですが、だからと言って、だからと、うわああああ!」
一応、理解はしてくれた様だけど、途中からは話せなくなった。新左衛門の怪我の事もあるし、どうやってまとめようか?