大軍の引率と家臣との約束
天正十二年(1584年)十二月十五日
信濃国 某所
「若様!高遠城が見えて来ました!」
皆さんこんにちは。信濃国へ入ってから16日かけて、甲斐国との境にある高遠城が見える場所まで進みました柴田六三郎です
8ヶ月ぶりの高遠城ですが、近づくにつれて、城壁が新しくなっていたり、周囲の田畑もしっかりと作物が実っていたりと、
穴山討伐の爪痕はきれいさっぱり無くなった様で、改めて平和なんだと実感してまず。違うところと言えば、信濃国が徳川家の領国になったので、
高遠城に徳川家の三つ葉葵の旗が立っているくらいでしょうか。そんな事を考えながら、高遠城へ到着したので、門番の人へ事情説明して、源太郎を含めた一部の者達を連れて、大広間へ案内されると
「六三郎殿!久しぶりじゃな!息災な様じゃな!」
とてもテンション高めな三郎様が上座に座っていました。直ぐ側の下座には本多忠勝と榊原康政が座っております
「三郎様も、本多殿と、榊原殿も息災なご様子で」
「儂は家臣と共に綿花の育成と回収で常に身体を動かしておるし、平八郎と小平太は浜松城の側にある訓練用の坂を走って、例の四種の動きをほぼ毎日やっておるそうじゃ」
「三郎様。我々は走る事も含めて身体を鍛えておりますが、殿は屋内鍛錬場で毎日刀を振っておりまして、十年前に戻ったかの様な若々しさが戻っておりますぞ?」
「確かに。それに於義伊様も、あの坂を一往復とは言え、走っておりますし、その理由が「元服して三郎様と共に戦場に立つ時に恥ずかしくない様にする為」と、
とても涙ぐましい内容なのです。元服前というだけでなく、三郎様の御嫡男の竹千代様よりお若いのに、御立派な心構えなので、我々も武芸を教える際、より熱が入ります」
「六三郎殿。徳川家と松平家、共に息災じゃ!やはり六三郎殿と共に過ごした事のある者は、立場の上下に関わらず、良き影響を受けている様じゃ!」
「それはとても喜ばしい事です」
「うむ。ところで、話は変わるが六三郎殿。今日か明日には甲斐国へ行く予定か?」
「はい。此度の上杉との戦に武田家の一部の方々を連れて行きますので。その際、武田家の当主の方を始めとした方々へ挨拶もする予定ですが」
「武田家に儂も挨拶に行きたい」
「え?三郎様?」
「駄目か?」
「駄目というわけではありませぬが、信濃国から越後国へ入る予定ですので、三郎様が率いる徳川家は二度手間になりますが、それでも良いのですか?」
「それくらいは構わぬ!それに、色々あったとはいえ見事血筋を繋ぎ、家名を保っている武家の名門、甲斐源氏武田家の新たな当主に挨拶をしておきたくてな」
「分かりました。では、出立は明日でよろしいでしょうか?」
「儂達は休息を充分に取ったから、六三郎殿達が良いなら、いつでも良いぞ」
「かしこまりました。では、明日の朝に出立しますので」
こうして、俺達だけの予定だった武田家への集合に三郎様達が参加する事になりました
翌日
「それでは三郎様、徳川家の皆様。出立します!」
「うむ。案内をよろしく頼む!」
皆さんおはようございます。朝から大軍の引率をする事になりました柴田六三郎です。前日に徳川軍の総大将を務める三郎様が、「武田家に挨拶に行きたい」と
言ったので、急遽、案内役と引率を兼ねる事になりましたが、徳川軍が九千人も率いている事を、ついさっき知りました。徳川軍と俺達の軍勢を合わせると、
一万三千ですよ?これ、三郎様が総大将になるという事でいいんだよな?それとも、三郎様の総大将は名目上で、実質は俺が総大将になるのか?
とりあえず、さっさと躑躅ヶ崎館に連れて行って、徳川軍は高遠城に戻そう!俺個人の目的として、やりたい事があるんだから、早めに済ませておくとしよう
「では、出立します」
と、いう事で、大軍の引率開始です。人数がバカみたい多いから、進む速さは遅いかもしれないけど、とりあえず出立だ!
天正十二年(1584年)十二月二十八日
甲斐国 躑躅ヶ崎館
「虎次郎様、仁科様、典厩様。遅くなりました事、申し訳ありませぬ」
「いやいや、六三郎殿。二ヶ月で越前国から甲斐国までの移動は速いと思われますぞ?」
「しかも、四千の軍勢を率いているのですから、甲斐国に到着するのは年明けでも仕方ないと思っておりましたから」
皆さんおはようございます。武田家の重臣2人にフォローされて、心苦しい柴田六三郎です。本当、色々あり過ぎて、何も無い日がどれだけありがたいか
とりあえず、俺の事は置いといて、先ずは挨拶からだな
「武田虎次郎様。遅くなりまして、申し訳ありませぬ」
「六三郎殿。叔父上達も言っておりますが、かなりの無理をしたわけですし、先ずは身体を休めてくだされ」
おお。10歳にもなってないのに、軽く風格を感じる。殿と松姫様は、どんな養育をしたんだ?
いや、今はそれよりも、
「虎次郎様、仁科様、典厩様。紹介が遅くなり、申し訳ありませぬ。此方のお方ですが」
「六三郎殿。自己紹介ですので、拙者から。武田家の皆様、お初にお目にかかります!徳川従従四位下右近衛権少将の嫡男の、松平従五位下三河守にござる」
「徳川様の御嫡男殿ですか」
「お父上には世話になりました」
「父から武田家で起きた事の顛末を聞かされ、こう言われました。「自分が死んだ後に、同じ事が起きないとも限らない」と。なので一度、戒めの為に、
甲斐国や武田家の皆様を見ておこうと思いまして。勿論、上杉との戦には参戦いたします。此度は拙者が、徳川家の名代としての出陣ですので」
「三河守様。失礼ながら、連れて来た軍勢はどれくらいでしょうか?」
「仁科殿でしたな。我々が連れて来たのは九千です」
「九千!やはり、四カ国を治める徳川家が出せる軍勢は多いですな。我々は現在のところ、領国は甲斐一国で、此度の軍勢ですが、百姓達を抜かした武士のみの軍勢で、
三千がやっとなのです。穴山達が、甲斐国に居た御先代様を、兄上を支える者達を多くて殺した為に」
「五郎殿」
「典厩殿、三河守様。失礼しました」
「いや、構いませぬ。現状で出せる軍勢で出陣する事が大事だと思います。そうじゃな六三郎殿?」
「ええ。そうです。仁科様、これを武田家再興の第一歩と捉えて、三千の軍勢でも、「武田家ここにあり」と示す事を目標としましょう!此度、武田軍を率いる典厩様に託して」
「そうじゃぞ五郎殿!信玄公も、儂の父も戦った上杉じゃ!当時を知らない者達ばかりといえど、武田家の強さを見せてくるから、御館様と共に待っていてくれ」
「典厩殿、忝い」
「五郎殿。先ずは出陣してからじゃ。それで六三郎殿。出陣はいつになるかのう?」
「その事なのですが、申し訳ないのですが、3日後に出陣とさせていただきたく」
「儂達は構わぬが、三河守様はよろしいのですか?」
「拙者も構いませぬが、六三郎殿。この二日の間に、何かやりたい事でも?」
「はい。拙者の家臣達との約定を叶えたいのです!個人的な事で申し訳ありませぬ」
「そういう事なら」
「家臣達を労う為ですな」
「仕方ないですな」
「申し訳ありませぬ」
よし!了承は得たぞ!赤備えの皆に伝えないと!