美魔女と食事に驚く前田家
市の号令で、その日の夜は簡単ながら歓迎会が開かれた。六三郎やつるに教えてもらった、鳥の唐揚げや猪の生姜焼きなどを前田家の面々の前に持って行き、
「それでは、皆で食べましょうか。利兵衛、茶々、初、江、文、京六郎、仙六郎、光三郎達を呼んで来なさい。
摩阿と又若丸の紹介を千熊丸だけにしては、手間がかかりますから、子供達全員に紹介しましょうか」
「ははっ!」
市に言われた利兵衛は、全員を大広間に集めた。皆、摩阿と又若丸の姉弟にしっかり挨拶をしてから、
食事を始めるが、その様子はとても騒がしく
「京六郎。もっとちゃんと食べなさい!」
「そうですよ!ちゃんと食べないと、光三郎や仙六郎や千熊丸の様に、訓練が終わった後の利兵衛爺や源四郎が行なっている理財の時に、疲れて寝てしまいますよ?」
「しっかり食べて大きくなって、兄上とは違う形で武功を挙げたりして欲しいのですよ」
「京六郎。父上や兄上だけでなく、赤備えの皆も好き嫌いなく沢山食べたから、あの様に立派な体躯になったのですよ」
末っ子の京六郎が、ちゃんと食べているのに姉達から「もっと食べなさい!」と言われていたが、京六郎から
「それを言うなら姉上達も、母上が教えている和歌や琴の時に眠そうではありませぬか!道乃義姉上が一番真面目に聞いて、実践している中、初姉上は堂々と寝ていたではありませぬか?
それで拙者に沢山食べろ言われても、説得力が有りませぬ!そう思いませぬか?仙六郎殿、光三郎殿、千熊丸殿」
「京六郎様。その質問は申し訳ありませぬが」
「我々ではとても」
「答えられませぬ」
男3人が全員言葉を拒否する時点で、その通りなのだと言っているも同然なのだが、3人は言葉を濁す。
それを見たまつは、
「ふふっ。お市様。柴田家において、子供達は立場の上下が無いのですね。この様な環境ならば、摩阿も又若丸も早めに馴染めそうです」
市にそう言った。市も、
「まつ。子供は大人よりも早めに慣れます。子供の為を思うなら、親は耐える事も必要ですからね」
まつにそう返した。まつも
「はい。今なら、何となくですが分かります」
と、言葉を返したところで、市が
「さて、食事も終わりましたし、食後の甘味を食べますか」
「「「「「待ってました!」」」」」
「今日はどの様な甘味をいただけるのか楽しみです」
「一昨日の物は、度肝を抜かれる程、美味でした」
「領地では味わえない物ばかりです」
子供達が全員、食後のスイーツにテンションが上がるのを見たまつは
「お市様。柴田家では食後に甘味を食すのですか?」
市に質問すると
「ええ。二日に一回ですが、子供達は大人と違い、酒を飲むや賭博に興じる等の楽しみが簡単には見つからないから、時々は甘味を食べさせております
まあ、これも六三郎の提案ですけどね。好評だから続けていて、学びに来ている仙六郎達にも食べさせて、
いつか領地に戻った時に、同じ事をやってくれたら良い。そんな感じです」
「先の世の事まで考えておられるとは」
「六三郎が言っていましたからね、楽しい事と、美味い物は、皆で分け合えば、幸せが広がる。と」
「何とも壮大な考えの持ち主なのですね六三郎殿は」
「ふふっ。まつ、話していたら、甘味が来ましたよ」
「私達の分まで、ありがとうございます」
「良いのですよ。皆で食べて、前田家にもこの様な甘味を作り、食す習慣が広まって行けば良いのですから。さ、食べてください。今日はつるが作ったのですね?」
「はい。若様に教えていただいた、麦粉を水で溶いて、適度な厚さに焼いてから、上からかける為の餡をそれぞれ準備しました」
つるが作ったのは、六三郎直伝の戦国時代版パンケーキに粒餡や漉餡を含めた、色々なクリーム添えだった
説明を聞きながらも、子供達の目は、パンケーキに釘付けだった。それを見た市は、
「ふふっ。皆、早く食べたい様ですね。待たせるのも気の毒ですから、食べなさい」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
市の言葉を聞いて、全員一斉に食べ始めると、
「美味しい!」
「これ程の甘味は京でもそうそう無いはず」
「これは、領地に戻った時に、父上や家臣達は勿論、領民の皆にも食べさせてやりたい!」
「兄上に柴田家に行って鍛えられて来いと言われた時は、どうなる事かと思いましたが、これ程、素晴らしい思いが出来るとは」
子供達が色々と言っている中、まつは
「あの、お市様。そちらのつる殿。でしたか?とても美しい見目をしておりますが、柴田様の側室の方ですか?」
つるの美魔女っぷりに思わず質問する。すると市は、
「ほほほ。まつ、このつるは、柴田家が尾張国に領地を持っていた頃から、女中として仕えているのです。
権六様の側室ではありませぬ。ところで、まつ。此方のつるの年齢は何歳くらいだと思いますか?」
「え?つる殿の年齢ですか?失礼ながら、四十三歳くらいかと」
「まあ、そう見えるのも仕方ありませんね。つる、何歳かまつに教えてあげなさい」
「はい。五十一歳です」
つるの正解発表に、まつは
「ええええ!!?」
隣に居た安勝が耳を塞ぐ程の大声で叫んだ。その理由として、
「つ、つる殿が又左衛門様よりも歳上?し、信じられませぬ!義兄上、義兄上は今年で何歳でしたか!?」
「拙者は今年で五十歳です。つる殿より一歳、歳下です」
「し、し、信じられませぬ!五十どころか、四十、いえ、三十を超えて来たら、肌はくすんで、尻も垂れてくるはずなのに、つる殿の側はくすみが無く、尻も上がっているではありませぬか!」
つるの年齢と美肌とスタイルが信じられない様で、更には、
「良く見たら、お市様も!お肌のくすみがありませぬ。お市様。失礼ながら、今年で何歳になられたのですか?」
「今年で三十八歳ですよ」
「わ、私と同い歳で、その美貌!もしや、お市様?」
「気づいた様ですね。私も最初、つると会った時、まつと同じ反応でしたが、つると同じ食生活や運動をしていたら、二十代の頃より、身体も強くなって、
四女の文を二十九歳で、二男の京六郎を三十三歳で出産しましたからね」
「ま、誠ですか?」
「まあ、これも六三郎が尾張国に居た頃から、つるにやらせていた事なんですけど、この事の極め付けが、
前田家が家族ぐるみで付き合っている、羽柴家の正室の寧々なんですけど」
「寧々ちゃん、失礼、寧々殿が何かしたのですか?」
「六三郎が夫である羽柴筑前と寧々に、権六様と私の普段の生活を指導したら、妊娠して、三十六歳で見事、嫡男を出産したのですよ」
「えええ!」
「信じられないでしょうが、誠なのですよ。兄上もその時、長浜城に行って、六三郎や筑前達家族と共に、
安産祈願を行なったそうですけど、やはり年齢が高くて初産だった事も含めて、半日以上かかったそうです」
「お市様。それはとてもめでたい事です!」
いつの間にか、まつは泣いていた。それを見た市は、
「ふふっ。まつ、六三郎が色々頑張った結果、織田家中の殆どの家に、何かしらの幸せが届いております。だから、摩阿と又若丸の事を、柴田家に任せてくれませんか?」
「はい。摩阿を、嫁として迎えたい殿方が多数居る様な女子に、又若丸を、兄で嫡男の孫四郎を支えられる男子に鍛えてくださいませ」
「ええ。最善を尽くします。さあ、明日から摩阿と又若丸を鍛えますから、今日はもう眠りましょう」
まつと安勝は、「柴田家なら間違いなく大丈夫だ!」と確信出来た様だったので、何も言わずに市の言葉に従った。