父としては嬉しくも祖父としては厳しく
家康が竹千代の居る部屋へ向かう途中、中庭の端の方で、身体の倍はある模擬槍を振ろうと訓練を頑張っている於義伊が家康の目に止まる
「於義伊。その模擬槍は、今のお主には早すぎるのではないか?持つのもやっとではないか。普通の長さの模擬槍に変えよ」
於義伊が模擬槍を持ってふらついていたので、通常の長さに変える様に言うと、
「父上。お気遣いは大変ありがたいのですが、拙者は兄上と歳が十歳以上離れております。父上に一日でも早く元服を認めてもらい、兄上と共に戦場に立つ為にも、
これくらい出来ないと駄目なのです。美濃国で六三郎様達と過ごしていた頃、六三郎様は身体と頭の両方を鍛える事の重要性を話しておりました
だからこそ、今は、このとても長い模擬槍を、少しでも、振れる様に、なりたい、のです。うおおお!」
於義伊は返事をしながら、模擬槍を持ち上げるも、バランスを崩して、後ろに倒れた。それを見た家康は
「ほれ、言わんこっちゃない!」
そう言いながら、於義伊を起こそうとした。しかし於義伊は、模擬槍を使って立ち上がり、
「父上、これから竹千代様と将棋を打って、色々と教えるのですよね?拙者の事よりも、将来の徳川家の当主を鍛える事を優先してくだされ!」
自分の事は後回しにして、竹千代の所へ行ってくれと言う。それを聞いた家康は、
「於義伊。此方へ来なさい」
於義伊を来る様に呼ぶ。於義伊も近づき、正座をする。すると家康は於義伊の頭を撫でながら
「於義伊。お主もまた元服前なのじゃ。少しくらい、子供らしい振る舞いをしても良いのだぞ」
と言葉をかける。しかし於義伊は
「父上、大変ありがたいお言葉ですが、拙者は徳川家の家督を継がない、いえ、継げないのですから、いつか領地を得る為に武芸と内政の腕を磨かねばなりませぬ
六三郎様は、柴田家の嫡男だったのに、内政も武芸も率先していたから、赤備えの皆様も心酔していたのです。拙者もその様な武将になりたいので、子供らしい振る舞いをしている暇はありませぬ!」
しっかりと家康の顔を見て、そう言った。それを聞いた家康は、
「そうか。しかし、無理をしてはならぬぞ?身体が動かなくなっては、元も子もないからな。それでは、気をつけて、励め」
「ははっ!」
返事をした於義伊は、ふらつきながら模擬槍を持って、元の場所に戻り、再び訓練を行なう。於義伊の邪魔にならない様に家康はその場を静かに去るが、於義伊に見えてない家康の顔は、我が子の成長に喜ぶ父親の顔だった
於義伊の成長に気を良くした家康だったが、竹千代の居る部屋に入ると、その気分が一気に吹き飛んだ。
何故なら、
「竹千代様。起きてください。殿がお越しになりましたよ。竹千代様」
世話役の侍女の膝枕で寝ていて、侍女が呼びかけも全く起きなかったからで、そんな竹千代を見た家康は
「起きんか竹千代!!!」
周囲に居る者達が、何事かと驚いて集合する程の大声で、竹千代を起こす
「はっ?祖、祖父様」
驚いて起きた竹千代は、軽く寝ぼけている。それを見た家康は、
「このたわけ者が!儂が来ると言うのに、何を寝ておる!!例え身内と言えど、人と会う時に起きて待つ事など当たり前の事が何故出来ぬ!?
その様な体たらくでは、儂も、父である三郎も、徳川家の行く末が心配じゃ!分かっておるのか竹千代!」
怒り心頭な様子で、竹千代を叱る。叱られた竹千代は
「ううっ。申し訳ありませぬ」
泣きながら家康に謝っていた。しかし家康は、
「竹千代!岡崎でどれだけ甘やかされているか、此度の事でよく分かった!これから、父の三郎が戻ってくるまで毎日、儂直々に鍛えようではないか!一切の甘えは許さぬ!覚悟せよ!」
「そんなあ」
「将棋は後回しじゃ!先ずは城の側にある坂を走れ!手本を見せる者が必要じゃな!小五郎、於義伊を坂の所へ連れて行け!」
「は、ははっ!」
家康の側近である酒井忠次は、滅多に見ない家康の剣幕に驚きながらも、於義伊の元へ行き、事情を話して坂道へ連れて行く。竹千代も家康に促されて、坂道へ行くと
「祖、祖父様。この坂を走るのですか?」
「そうじゃ!六三郎殿や家臣の赤備え達は、この坂を登りは全力で走り、降りはゆっくり走るを三度、行なってから、更に身体を鍛える動きをやっておった
だが、竹千代も於義伊も、どちらも十五歳になっておらぬから、先ずは一度、この坂を先程言ったやり方で走ってみよ!於義伊、いつもやっている事じゃから、手本を見せてやれ!」
「ははっ!それでは竹千代様、この様にやります。見て覚えてくだされ」
於義伊は竹千代にそう言ったあと、颯爽と走り出す。そして、あっという間に降りを終えると
「於、於義伊殿。今の様に走るのですか?」
竹千代は信じられない物をみた様な顔で於義伊を見る。しかし家康は
「さっさと走って来い!」
竹千代を一喝する。家康の一喝に竹千代は
「はいい!」
驚いて直ぐに走り出した。しかし、走った事の無い坂道なので、当然遅い。それを見た家康は、
「それで全力など、ふざけておるのか!?」
登り坂では、そう叱責し、降り坂では
「降りでは歩くなと言ったではないか!」
ジョギングすら出来ない状態の竹千代を更に叱責する。その後、六三郎に教えてもらった筋トレ4種を10回ずつやらせて、動く事すら出来なくなった竹千代に家康は、
「竹千代!今日は、身体を鍛えるだけじゃが、明日からは身体と頭の両方を鍛えるぞ!覚悟しておけ!」
そう宣言し、その場を去った。残された竹千代を起こす為に手を貸した於義伊は
「竹千代様。最初は辛いかもしれませぬが、父上、竹千代様から見たら祖父様は、竹千代様に立派になって欲しいからやらせているのです。少しずつ慣れていきましょう」
「於義、伊、殿。これ、程、辛い、のは、初、め、て、です」
竹千代はその言葉を残して、失神した。




