徳川家が大変なのは主人公のせい
天正十二年(1584年)十月二十日
遠江国 浜松城
場面は少し戻り、神無月の頃。三河国の岡崎城から、家康の名代として出陣する信康が、家康に挨拶と、家康から与えられた兵達と合流する為の場面に変わる
「父上!岡崎城、いえ、三河国から戦力のほぼ全てにあたる五千の兵を連れて参りました!」
「うむ!三郎よ、遠江国と駿河国から、合わせて四千の兵をお主に託すぞ。三河国の兵と合わせて九千、
全員が武功を挙げる事は難しいであろうが、しっかりと働いて来い」
「ははっ!父上の跡を継ぐに相応しい働きを義父上に見せて来ます!」
「うむ。知らせを楽しみに待っておるぞ」
「そこで、父上にお頼みしたい事があります」
「何じゃ?」
「しばしお待ちを。連れて参れ!」
「「ははっ!」」
信康が家臣に命令して、家臣達が連れて来たのは
「離せー!儂は初陣を経験したいのじゃあ!」
「竹千代ではないか!三郎、これはどう言う事じゃ?」
「竹千代が、「自分も初陣を経験させてくれ」と、頭を下げて来て、徳と母上は、父上が了承したら良いのでは?と言っておりまして」
「徳と瀬名め。戦に出ないからと軽々しく言いおって。まあ、話を聞いてみるが、納得出来る理由ならば、三郎の側に居る事を条件にして、戦場の空気を感じさせるのも良かろう」
「父上、申し訳ありませぬ」
信康の謝罪を聞いて家康は竹千代に質問する
「まあ良い。では竹千代、何故、元服もまだなのに、出陣したいのじゃ?」
「父上が話してくださる、柴田六三郎様の数々の逸話を聞いて、柴田六三郎様の戦を目の前で見たいと思ったからです!」
竹千代の言葉に家康は、質問を続ける
「竹千代、父上はどの様な話をお主にしておった?」
「はい。八歳の時に、当時の日の本で一番とも言える強さを持っていた甲斐国の武田家を、見事な軍略の才で撃退した事、そして元服して直ぐの戦では、
武田家の籠る砦を、自らの手勢のみで陥落させただけでなく、手勢の倍以上の武田家の兵達を全員討ち取り、それを自らの武功ではなく、家臣の武功であると、織田の祖父様へ進言したとも
どちらの戦も、柴田六三郎様は今の拙者より歳下だったと聞いております。だからこそ拙者は、柴田六三郎様の様に働く事は無理でも、その軍略の才を目の前で見たいのです!」
竹千代の話を聞いた家康は、出陣させたらダメだと判断した様で
「竹千代。よく聞いてくれ。六三郎殿に憧れや尊敬を抱く事は良い。だがな、そもそも六三郎殿と竹千代では、立場が違う!」
「どう言う事ですか?」
「竹千代は、何事も無ければ父上の跡を継いで徳川家の当主になるが、六三郎殿は織田家の家臣じゃ。
家臣は基本的に主君の為に働くものであり、戦においては、主君の命令を受けて突撃し、撤退する時は殿軍を請け負ったりと、危険な場所で働く事もある
六三郎殿は危険な場所に行く事もあるが、竹千代は危険な場所に行く事はないのじゃ。それが主君と家臣の立場の違いじゃ。分かるか?」
「はい。父上と石川の爺や皆の事ですね」
「そう言う事じゃ。儂は六三郎殿から初陣の話を聞いたが、望んだわけではない。父である柴田殿の新たな領地に武田が侵攻して来たから、
織田家が領民から得ている信頼を守る為、逃げずに戦ったのじゃ。つまりは竹千代よ、その様な状況でもない、此度の戦に、お主は行ってはならぬ!」
「そんな」
「それにな竹千代。戦において、絶対は無い!何かのきっかけで、大軍が少数に負ける事もあるのじゃ
もしも、此度の戦で織田家と徳川家の両方が敗走した場合、織田家に竹千代の様な子供は居ないはずじゃから、自らが逃げる事だけを考えるだけで良いが、
徳川家は竹千代が居ると、竹千代を逃す為に、家臣は勿論、最悪の場合、父上までもが、命を捨ててでも、竹千代を逃す事を優先する事になる。そうならない様にする為、父上達を戦に集中させる為にも、
竹千代、此度は初陣ではなく、儂や曽祖母様に会いに来た事にしてくれぬか?」
「分かりました」
「流石、竹千代じゃ。父上に似て、賢いのう」
「ですが、祖父様、父上。十六歳になったら初陣を経験しとうございます!」
「その時はしっかりと考えておく。三郎もそれで良いな?」
「ははっ。十六歳ならば、元服させても問題はありませぬ。徳と母上も納得するでしょう」
「そう言う事じゃ竹千代。今は武芸は勿論、頭も鍛えよ。そうじゃ竹千代、儂と将棋でも打とうではないか」
「祖父様、将棋よりも軍略を学びたいです」
「竹千代、お主が憧れておる六三郎殿は、八歳で将棋を打っていたぞ。それも、歳が同じくらいの家中の者達を圧倒する程、強かったぞ」
「祖父様よりもですか?」
「流石に年の功と年季の差で儂が勝ったが、途中までは良い勝負であったぞ。竹千代、将棋で頭を鍛えたら、それが軍略の才に繋がると儂は思う
実際に、六三郎殿の軍略の才は縦横無尽であり、変幻自在と言っても過言ではない。だから竹千代、先ずは将棋を打って、六三郎殿に近づく第一歩としてみぬか?」
「六三郎様の軍略の才に近づけるなら!」
「よし、それでは後程じゃ!これ、竹千代を空いている部屋へ案内せよ」
「ははっ」
命令を受けた家臣が、竹千代を部屋へ移動させると、家康は信康を向いて
「三郎。竹千代の事は何とかなった。だから気にせずに、戦に集中せよ」
「ははっ!それでは行って来ます」
「うむ。平八郎と小平太をつけておるから、信濃国の高遠城という城を目指せ」
「ははっ!」
信康は忠勝と康政の案内で信濃国の高遠城を目指して出陣した。家康も、これなら大丈夫だろうと言う事で、竹千代との将棋の為に、竹千代の居る部屋へ向かった。




