当主の気になる事と大雨
六三郎から「臣従の取次はやるから、上杉との戦に人間を出せ」と言われて、千人の戦力から百五十人を出す事で納得してもらった氏理だが、
その胸中は、どうにも落ち着かなかった。それを察したのが、氏理の3人の弟であった
「兄上。浮かぬ顔をしておりますな?」
「何か気になる事でも?」
「兵太郎が名代として出陣する事に不安があるのですか?」
話しかけた順に、兵之助氏則、兵四郎氏房、兵五郎氏親の弟達は、当主であり、
兄でもある氏理に質問する。それに氏理は答える
「うむ。今日、臣従の取次を頼みに行った時の柴田殿の言葉が気になってな」
「何を言われたのですか?」
「前日に兵太郎に対して言った「城と山が崩れそう」と言った真意を聞いたのじゃ。そしたら柴田殿は
「山崩れが起きやすい山だと言う事と、これまで起きなかったからと言えど、今日明日に起きないわけではない。あれ程の見事な山が崩れた場合、城どころか城下町まで飲み込まれてしまう
だからこそ拙者は、家族同様の家臣や拙者と共に参戦している身内を連れて行きたくなかったのです」
と言ったのじゃ。それがどうにも頭の中から離れないのでな。まるで地震が起きたら山崩れも起きて、それに帰雲城が潰されて、
お主達や兵太郎、更には家臣や領民までもが死んでしまう事を忠告している様に思えてな」
「いやいや兄上。それは考え過ぎでは?」
「そうですぞ!大雪が降った年でも、山崩れなど起きなかったのですから!」
「今はそれよりも、上杉との戦に行かせる百五十人の選抜を考えましょう。我々のうちの誰かしらが兵太郎の補佐につきますので」
「うむ。それもそうじゃな。兵達の選別は明日に行なうとして、今日は休むとしよう。皆も休んでくれ」
「「「ははっ」」」
氏理の3人の弟に話したら、少し気が楽になった様で、3人に部屋に戻る様に促した。そして、自らも明日に備えて寝床に入る。
一方、氏理達兄弟が話し合いをしていた頃、六三郎達はと言うと、
「六三郎殿!」
「何ですかな弥三郎殿?」
「六三郎殿、山側の空が怪しくなって来ました。あの雲は恐らく雨雲ですな。しかも広範囲に雨が降ると思われます、山側から遠い場所に本陣を移動させるべきかと」
「ふむ。冷える季節なのに雨に濡れては辛いですし、山崩れに巻き込まれては敵いませんな。よし!皆、
急いで本陣を山から遠い場所に移動させよ!山から遠ければ遠いほど、良い!急げ!」
「「「「ははっ!」」」」
皆さんこんにちは。内ヶ島家とのやり取りを終えて、リラックスしていたら、弥三郎から「大雨が来そうだし、土砂崩れが起きそうだから移動した方が良いと思います」
と、言われて、本陣移動の命令を出しております、柴田六三郎です。弥三郎に言われて、空を見てみたら、山を全体的に雨雲が覆っているんじゃない?みたいな
広い範囲の雨雲が見えております。これ、大雨で地盤が緩んで、それが原因で土砂崩れが起きて、帰雲城が飲み込まれるんじゃないか?
それだと、史実と微妙に違うバッドエンドな展開になりそうだな。でも、とりあえずは俺達の安全が最優先だ!
内ヶ島家の事は、雨が止んで歩ける様になってから確認しよう。それじゃあ、本陣の移動を急ごう!
六三郎は大雨が降ってそれが原因の土砂崩れが起きると予想して、安全の為に本陣の移動を決断した
六三郎達が本陣を移動させ終えた頃、帰雲城は一部の者を除いて寝静まっていた。起きている一部の者達は酒を飲みながら、
「おい、凄い雨じゃなあ」
「確かに。まるで水の入っていた桶をひっくり返した様な大雨じゃな」
「帰雲城の近くには大きな川が無いから、川の氾濫の心配は無いが、こうも大雨じゃと、なあ」
大雨での被害を心配していた。そんな心配が形になってしまう。1人の家臣が慌てて部屋に入ってくる
「皆!起きておるか!」
「起きておるが、どうした?何かあったのか?」
「山が」
「山が?どうしたのじゃ?」
「この大雨で、西側の山肌が削られておる!このままでは城そのものも危ない!殿達を起こして避難してもらう!酒を飲んでおる暇は無いぞ!急げ!」
「「「承知」」」
そこからは全員素早く動いて、寝ている人間を起こす。人を動かしたら、次は甲冑を含めた武具を少しでも回収して、城の外に出る。馬の扱いに長けた者は
女子や小さい子供を乗せて、出来る限り、帰雲城から距離を取る。それを何度か繰り返して、何とか城内の者達全員、城から東側、六三郎達が最初に本陣を構えていた場所に近い場所に避難出来た。
全員が避難して、およそ20分後、
ズザザザザザ。と音が聞こえて、その数秒後、
ズズズズズズズズズ。と帰雲城が土砂崩れに飲み込まれて行く。その様子を見ていた氏理は
「や、や、山も、城、も、全、て、崩れ、た。そん、な。先祖、代々、の城、が、領、地、が」
膝から崩れ落ちた。そんな父を見て、氏行は
「父上!しっかりしてくだされ!確かに、山も城も崩れましたが、家中の者達は生きております!これから、城も領地も手に入れたら良いではありませぬか!」
氏理を励ます。氏理も、
「兵太郎。そうじゃ、な。幸運、と言って良いかは分からぬが、これから兵太郎は柴田殿の軍勢に参加させてもらうのじゃ。そこで武功を挙げたら、きっと」
少し立ち直ったのか、ちゃんと話せる様になると、
「そうです!拙者や共に行く皆が、武功を挙げたら、新たな領地が手に入るかもしれないのですから!父上!前を向いてくだされ!」
氏行は更に励ます。
「そう、じゃな。城も領地も後からどうとでも出来るが、人間は死んでしまったら終わりじゃ。だが、皆は生きておる!そうじゃな、新たな城と領地の為に頑張ろう」
「「「「ははっ!」」」」
息子の更なる励ましに、氏理は前を向ける様になった。史実では天正十三年の大地震で一族や家臣含めて、ほぼ全員死亡する内ヶ島家は、この世界線では、
史実より早い、しかも大雨からの土砂崩れにより、城が無くなったが、家中の者達は生きているという、奇跡的な展開で生きて行く事になる。




