大慌ての長宗我部家と賭けの結果
天正十二年(1584年)九月十五日
土佐国 岡豊城
「皆!揃っておるな?」
「ははっ!しかし、兄上?織田家との臣従交渉は無事に終わって、土佐国と阿波国の領有を認めてもらったはずなのに何故、此度慌ててお帰りになられたのですか?」
「まさか、戦に?」
元親は安土城を出立してから2週間後、かなり無理をしたのか、居城である岡豊城に到着していた
事前に文を送っていた為、弟達のうち動ける親貞と親泰、そして主だった家臣達が事前に集まっていた
その面々に元親は、
「今から話す事は、慶事であるが軍事にも繋がる事じゃ!よく聞いてくれ!」
そう前置きをすると、信親と初の事を話す。話を聞いた面々のうち、親貞と親泰は
「兄上。それは織田家との婚姻での縁組が出来る良い話ではありませぬか!」
「やはり、兄上に特に似ている若君は、素晴らしい女子に惚れられるのですなあ」
と、喜んでいたが、他の家臣からは、
「しかし殿?若君が内府様の姪を嫁取りするにあたり、武功を挙げないと許さぬ!と言われて、北陸での戦に参戦する事に決まったのでしたら、それなりの数の軍勢を送らないと」
「その事で皆を集めたのじゃ!臣従交渉の際、内府様及び後継者の左中将様と話し合い、讃岐国に織田家一門のお人を置いていただく事が決まったから、
伊予国の睨みも可能になり、ある程度の数を弥三郎の元へ行かせる事は出来る。だが、土佐国、阿波国、讃岐国の者達を全員合わせても、三万以下の二万八千であり、
そのうちの半分を弥三郎の元へ行かせると、万が一にも伊予国の者達が儂達の軍勢が少ない事を知って、
攻撃してくるやもしれぬ!そうなってしまっては、讃岐国の守りもままならぬ!そこでじゃ!
儂としては、弥三郎の元へ一万五千を行かせてやりたい!しかし伊予国の事を鑑みるに、それは不可能である事は分かっておる!だからこそ皆の意見を聞きたい!
三国合わせて二万八千の我々の軍勢のうちのどれだけを弥三郎の元へ行かせるべきか?多く行かせては、我々の足元が不安になる!
しかし、少なすぎては弥三郎が舐められしまう!皆の意見を聞きたい!更に言うならば、今月の末から来月の初頭頃に弥三郎は越前国を出立する!そこを踏まえて弥五郎と弥七郎!お主達から答えよ!」
「拙者は軍勢の四分の一にあたる七千が良いかと」
「ふむ。弥七郎は?」
「拙者は八千か良いかと」
「うむ。家臣の皆も申してみよ!」
「拙者も七千が良いかと!」
「拙者は八千を推します!」
「長宗我部家の武威を見せる為に一万が良いかと!」
色々な意見が出る中、1人の家臣が
「殿。若君が参戦する北陸での戦に参戦している織田家の軍勢は如何程なのですか?」
「確か、三万五千と内府様は仰っていたな。それが何かあるのか?」
「殿。殿か畿内から急いで戻って来たという事は、急いで軍勢を若君の元へ行かせる為なのですよね?
ならば、早く移動出来る三千くらいが良いと思いますが?」
「それは少なすぎるであろう!」
「若君をお守りする為に五千以上は行かせるべきじゃ!」
「三千では武功も挙げる事が出来ないではないか!」
反対意見が出る中で、元親は、
「皆の意見を聞いた上で、儂は決めたぞ!弥三郎の元へ行かせる軍勢は三千とする!理由は移動の為じゃ!
そして、弥三郎と共に出陣するのは、あの「柴田の鬼若子」じゃ!弥三郎の嫁になる予定の姫君の兄でもあるのじゃ!きっと弥三郎が武功を挙げられる様に動きながら、
討死しない様に動いてくれるじゃろう!一度くらいしか話しておらぬが、何故か、あの若武者は信頼して良い気がする!」
「兄上」
「兄上がそこまで言うとは」
「弥五郎も弥七郎も不思議に思うじゃろう!だが、一度、その者に会ってみよ!少しばかり話はそれたが、
弥三郎の元へ行かせる軍勢を今から編成する!行く事が決まった者は、直ぐに出立出来る様、準備しておけ!安土城までは、儂も同行する!それから、四男の千熊丸も連れて行く。柴田家で色々と学ばせてもらう」
「「「「ははっ!」」」」
こうして、信親の元へ行かせる軍勢の数が決まり、元親達は即座に編成し、全員の準備が完了した事を確認し、再び安土城へ出立した
天正十二年(1584年)九月二十八日
近江国 安土城
「内府様!左中将様!我々長宗我部家、北陸での戦に三千で参戦致します!」
強行軍の移動もあって、長宗我部軍は長月のうちに安土城へ到着した。疲労困憊の様子が見て取れたので、信長も信忠も
「かなり無理をさせてしまったな!だが、その心意気、感謝する!」
「土佐守。しばらくは身体を休めよ」
と、声をかけた。元親は、
「ありがたき。しかし、越前国への行き方が分からないので、家臣達を案内していただきたいのですが、してくださる役目は何方がやるのですか?」
越前国への行き方を知らないので、案内役を頼んだ。すると、嬉しそうな顔の信長が
「土佐守!それは儂が受けてやろうではないか!」
そう言ってくるが
「え!内府様が?よろしいのですか?」
元親は信じられない様子で驚く。それに信忠が
「土佐守。真相を話すが、実は儂と父上で賭けをしていたのじゃ」
「賭け。どの様な賭けでございますか?」
「土佐守が弥三郎の元へ行かせる軍勢の数で賭けたのじゃ。儂は八千と予想して、父上は五千と予想した。
父上は五千を一人でも超えたら、賭けは儂の勝ちで良いと言っていたが、結果は三千じゃから父上の勝ちじゃ
そして、父上は賭けに勝ったら北陸方面軍に参加すると言う約束だった。だから父上が弥三郎の元へ軍勢を引き連れていくわけじゃ」
「それは何とも」
「まあ、父上も軍勢を編成し終えて、一万を連れて行く。更に言うならば同盟関係の徳川家も北陸の戦に参戦する。恐らく七千くらいは連れて行くじゃろう
だから土佐守!それだけの数じゃ、弥三郎が危険な場所に行かない可能性もある。武功を挙げられない可能性もある。その場合は」
「左中将様。そのお気持ち、とてもありがたき!ですが、常人では思い浮かばない事をやってのける、「柴田の鬼若子」こと六三郎殿か居るのですから、
何か途轍もない事が起きるのでは?と少なからず期待しております。そして、拙者の四男の千熊丸を柴田家で色々と学ばせていただきたく」
「はっはっは!土佐守も六三郎に期待してしまう程、惚れ込んだか!まあ、これから先は戦場に立つ父上へ任せるとしよう!
父上!賭けに勝ったのですから、戦の勝ちも手にしてくだされ!頼みますぞ!それから土佐守の四男坊の事も」
「ふっ!勘九郎よ、少しずつ当主としての振る舞いが出来て来たな!任せておけ!」
こうして、六三郎と信親の元へ一万三千もの軍勢が行く事、そして信康率いる軍勢は予想ではあるが、総勢二万以上の援軍が北陸方面軍に参加する事が決まった。