安土城下は盛り上がり潜入者達は考える
天正十二年(1584年)六月五日
近江国 安土城
場面は越後国の勝家よりも、越前国の市よりも早く、近江国で留守居役を務めている丹羽長秀に、信長からの文が届いた所から
「丹羽様!殿からの文です!」
「殿からとな?まさか、武田征伐で良からぬ事でも起きたのか?見せてくれ!」
「こちらです」
長秀は家臣から文を受け取り、じっくりと読み出す。読み終えると、
「帰蝶様にお伝えしないといけぬ内容じゃ。帰蝶様にお見せしてくる!」
そう言って自室を出て、帰蝶の元へ向かい、文を見せた。すると、
「五郎左。この内容は、皆に伝えないといけません。大広間に出来るかぎり多くの者を集めてください」
「ははっ!」
こうして帰蝶に頼まれた長秀は、家臣を動かして大広間に出来るかぎりの面々を集めた。全員が集まって間もなく、帰蝶が上座に座ると
「皆。忙しい中、集まっていただき感謝します。此度集まってもらった理由ですが、殿から五郎左殿宛てに文が届きました。とても喜ばしい内容ですので、
しっかりと聞いて下さい!それでは、五郎左殿。読み上げてください」
「ははっ。では。「五郎左へ!安土城や周囲では、何も起きておらぬか?お主が留守居役を務めながら、
周囲を見張るだけでも、充分な効果があるからこそ、儂達は戦に集中出来ておる。誠に感謝しておるそ!
改めて本題に入るが、この文は、五月の末頃に、岐阜城で書いた物じゃ。最初に伝えておくが、武田征伐は卯月の時点で終えていた。
実は、睦月に出陣した武田征伐じゃが、出陣した時点で武田の内部が崩壊しておった
出来るかぎり簡潔に、具体的に言うと、武田の当主である四郎勝頼が家臣達に誅殺された。その家臣達の中心人物は穴山と言うののじゃが、
この穴山と言う者に殺される事を、四郎勝頼は五年前の時点で予見しておった。その証拠が勘九郎の正室の松と虎次郎じゃ。四郎勝頼は自身が信頼できる家臣に
正室と娘の護衛を頼み、甲斐国を脱出させたのじゃが、途中で穴山の手の者に見つかり、万事休すな所を六三郎が助け、そこから源三郎が保護して、
四郎勝頼の家臣から説明を受けて、信濃国の要地を守っておる四郎勝頼の弟と従兄弟を味方にする為に、
降伏勧告を行ない、味方に引き込んだ。その後は、穴山達を誘い込んで、全員を殺し、これで名目上の武田征伐と甲斐国の平定とした
そして、此度の戦で最も働いたと言える源三郎じゃが、四郎勝頼の娘、名を勝姫と言うのじゃが、
その勝姫を正室に迎える事に決まった。そして、簡単ではあるが、文月に安土城で祝言を挙げる!そして、その翌月には、越前国へ行き、源三郎を補佐した六三郎と、
此度初陣を経験し、少しは武功を挙げた斎藤新三郎の姉の道乃との祝言を挙げる!当然、帰蝶も連れて行く!儂達より文が先に届くと思うが、それは祝言に参加する武田家の面々も居るから、
移動速度が遅くなっておると思ってくれ!改めてじゃが、これで武田は臣従した!しばらくは毛利相手に戦っておる半介と藤吉郎、そして上杉相手に戦っておる権六達だけじゃが、
戦況次第では、儂含めた誰かが援軍として派遣される事を皆にも伝えておいてくれ!改めてじゃが、祝言の準備をしておいてくれ!」と、殿からの文の内容は以上です」
長秀が読み終えて、数秒後
「うおおお!」
「武田が臣従したぞおお!!」
「これで!これで!」
「遂に!遂に!」
大広間の家臣達は、喜びを爆発させた。中には涙を流す者もいる。それ程までに武田が強大な敵であったからこその喜びでもある
家臣達が喜びを爆発させている中、帰蝶は
「皆!喜んでばかりもいられませんよ!五月の末頃に殿が文を書くと同時に、岐阜城から出立していたと考えたら、
間違いなく、今月中には安土城へ到着します!殿の四男の源三郎殿と、たとえ臣従したと言えど、武家の名門の甲斐源氏武田家の姫君との祝言です
殿は簡単な祝言と言っておりますが、簡素な祝言とは言っておりませぬ!これは、殿が絢爛豪華な祝言を挙げて、敵対勢力に織田家の財力を見せつける為の文です!
城下にこの事を知らせて、城下全体で祝うのです!さあ、殿達が到着する前に祝いの雰囲気を作り出すのです!城下の町人達に知らせて来なさい!」
「「「「ははっ!」」」」
帰蝶の命令を聞いた家臣達は、長秀以外が動きだした。残った長秀は
「帰蝶様。殿に言われる前に動いて良かったのでしょうか?」
「ほっほっほ。五郎左、殿はですね、幸せは皆で分け合いたいと思うお人です。それに、殿の子である源三郎殿の祝言が簡素では、
武田、ではなく穴山を討つ為に銭を使い過ぎてしまったと思われるではありませんか
大丈夫ですよ。少しばかり、見栄を張らないといけない時もありますから。此度がそう言う時と思えば良いのです。殿が何か言ってきたら、私の命令だと言いますから、安心なさい」
「は、はあ」
「ふふふ。今まで内政ばかりだった源三郎殿が、どれ程逞しくなったか楽しみです」
帰蝶は信長達が帰ってくるのを楽しみにしつつ、今から城下町全体でお祝いムードを作る作戦をスタートさせていた
そんな帰蝶の思惑どおりに、家臣達が安土城下に行き、祝言の事を広めて回っている中、とある旅籠では
「弥三郎様。織田家が武田家を臣従させたそうですが」
「うむ。予想以上に早い!儂の予想では、早くとも今年いっぱいはかかると思っていたのじゃが」
「如何なさいますか?」
「儂としては臣従したい!だが、土佐国だけでなく、四国全土を統一しようとしている父上がな」
会話をしている者達は、四国は土佐国を統一し、四国全土も手中に治めつつある長宗我部従五位下土佐守元親の嫡男の長宗我部弥三郎信親と家臣達である
「弥三郎様。拙者が殿の元に行きまして、臣従に関しての条件等があるのかを聞いてきます」
「いや、待て!儂の書く「この条件で臣従しようと思う」と言う文を見せよ!それで、父上が納得したなら良いが、納得しないのならば、儂が織田家の人質になる。とりあえず、今から条件を書く」
そう言って信親は、紙に条件を書いていき、
「よし!これで、父上も納得するはずじゃあ!土佐国へ行って、父上に見せよ!急げ!」
「ははっ!」
一応、同盟関係である筈の織田家と長宗我部家だが、信親は戦をしたら間違いなく負けると判断したのか、臣従の道を選んだ。そして、その条件とは?




