主君は父に伝える
天正十二年(1584年)五月二十六日
美濃国 岐阜城
「それでは安土城へ出立する!その前にお主は、越前国の市へ、お主は越後国の権六へ、お主は安土城の留守居役の五郎左へ、この文を届けよ!先に進む事を許可する!一日も早く届けよ!」
「「「ははっ!」」」
皆さんおはようございます。岐阜城から安土城へ出立する一行の中に居ます柴田六三郎です。休める3日間が過ぎて、4日目に出立なのですが、殿は親父とお袋へ、
俺と道乃の事を事前連絡してくれる様です。親父は「やっとか」くらいに思うかもしれないけど、与力のお三方の反応次第では、親父がしんどいだろうけど、
頑張ってくれと願うだけです。問題はお袋ですよ。正確には虎夜叉丸くんなのですが。浅井長政の遺児である虎夜叉丸くんの事を、殿に絶対に伝えると断言しておりますので、伝えるタイミングが合えば、
殿も許してくれると思いますが、今は源三郎様と勝姫様の祝言か無事に終わる事を祈りましょう。それと、花江さんとうめちゃんを越前国へ行かせるタイミングも考えないとなあ
六三郎は色々考えながら、とりあえず信長と共に安土城を目指した
天正十二年(1584年)六月十六日
越後国 某所
「殿!大殿からの文でございます!」
「殿から?まさか、今から武田征伐に参戦せよとの仰せか?とりあえず又左と内蔵助と十兵衛を呼んで来てくれ」
「ははっ!」
信長が岐阜城を出立する日に家臣に渡した文は、託された家臣がかなり頑張ったのか、3週間程で越後国の中央付近に居る勝家に届けられた。そして、勝家は
利家、成政、光秀の3人に文の内容を伝える為に呼び出した
「親父殿。殿からの文には、一体どの様な事が書いてあるのですか?」
「まさか、最悪の事態が?」
「お二人共、先ずは柴田殿に読んでもらいましょう」
「三人共、儂もまだ中身を見ておらぬ。だからこそ、二度手間にならぬ様、皆に伝えておきたいと思い、呼んだのじゃ。それでは読むとしよう
「権六へ。北陸方面軍総大将として、上杉の本拠地である越後国南部までの征圧、誠に見事である。与力の三人の働きもまた見事である。権六の事じゃから、
この時期に儂からの文となると、武田征伐が上手く進んでおらぬから、参戦せよとの文と思っているのかもしれぬが、逆じゃ。この文は五月の末頃に書いた文じゃが、
その一月前の卯月の初頭の時点で、武田征伐は終えておる。実を言うと、儂達が進軍を開始した年明けの頃には既に、武田の内部は崩壊しておった。
それこそ当主である四郎勝頼が家臣に殺されておる程の崩壊であった。しかし、その四郎勝頼が信頼できる家臣に嫁と娘を託して、逃げている所を六三郎と儂の四男の源三郎か保護して以降、
事情を聞いて、四郎勝頼の弟や従兄弟を説得して降伏させて、最終的に四郎勝頼を殺して武田の家督を奪おうとしていた穴山という阿呆を殺した事により、
甲斐国を平定した。だいぶ前置きが長くなったが、ここからが本題じゃ
甲斐国を平定した事により、四郎勝頼の娘、名を勝姫と言うのじゃが、その勝姫と源三郎が文月に安土城で祝言を挙げる。そして、その流れで翌月の葉月に、
六三郎が正室を道乃にすると決めたので、越前国で祝言を挙げる。本来なら、権六達が戦を終えてからの祝言にしてやりたいところじゃが、六三郎には
祝言が終わった後、一旦甲斐国へ行って、四郎勝頼の従兄弟と共に、お主達の元へ向かわせる。その中には勝蔵も居る。早ければ年内、遅くとも年明けには
合流出来るはずじゃ。半年も先の話じゃが、六三郎達が合流する前に上杉に勝っていても良い。じゃが、
戦線を後退させるでないぞ?そして、これは一応伝えておこうと思い、書いておる。先ずは十兵衛、
お主の嫁殿と母殿、そして嫡男の強い推挙があった為、六三郎の正室にと推挙していた娘が、六三郎の側室に決まったぞ。本人も側室でも良いと言っているので、
この事で叱責など、しない様にな。そして、六三郎のもう一人の側室に勝蔵の妹が決まった。その妹じゃが、権六の娘の茶々や初より歳下じゃ
勝蔵と本人が側室でも良いと言っておったので、決まった。改めてじゃが、又左と内蔵助、これで六三郎の正室は決まった。後は、側室でも良いと思うか、
それとも別の家の倅の正室を狙うかになるが、内蔵助よ、お主か推挙していた、前の嫁との間の娘、十兵衛の嫡男の正室に良いと思うぞ?控えめなれど、
芯の強い女子と、家族の為に他者に頭を下げられる男は良い組み合わせだと、儂は思う。又左の娘は、まだ若いから何とも言えぬが、これからの事を考えて、
色々学ばせてはどうじゃ?今の織田家は三十歳を超えても、子を産んだ経験のある女子が多くいるから、
慌てずとも良いと思うぞ。話は長くなったが、越後国を平定する為に、出来るかぎり早く、六三郎と勝蔵の軍勢を向かわせるが、最低でも今の戦線を維持しておく様に」と、殿は仰せじゃ。
六三郎の正室が道乃に決まったと言う事は、三吉か遂に元服して、斎藤家か再興したと言う事か。六三郎が保護して十二年、長い様であっという間じゃったなあ」
勝家が文を読み終えてしみじみとしていると、
「親父殿!儂の摩阿は、誰に嫁入りさせたら良いのですか?」
利家が泣きながら、勝家の肩を掴む。それに勝家は
「又左、殿が又左の娘は若いと仰っておるのじゃから、慌てずとも良いではないか。そもそも何歳なのじゃ?その摩阿姫は?」
「今年で十三歳です」
「又左、いくらなんでも若すぎないか?」
「いやいや、儂がまつを嫁にした時と同じくらいの歳ですぞ?むしろ遅いくらいでは」
「又左、殿が明智殿の嫡男の正室に推挙した輝子は、今年で二十一歳じゃ。もう少し落ち着いてからでも良いと思うぞ?」
「前田殿。六三郎殿の側室に決まった花江も、今年で二十二歳です。まだまだ時間はあるのですから」
「それは、そうじゃが」
利家が膝をついていると、
「又左、内蔵助、十兵衛、済まぬ。殿からの文がもう一つあった。これを読んでから話し合おう
「権六よ。これは戦に関係ないのじゃが、勝蔵の希望で、六三郎が越前国に戻る時、側室に決まった妹と、
勝蔵の男兄弟で末の弟が、共に越前国へ行く事が決まった。勝蔵曰く、「六三郎の家臣の利兵衛に鍛えてもらえ」との事じゃ。理財や内政を教えられる利兵衛からは勿論、柴田家で色々学んで来い。
そして、万が一、自分や兄弟達が討死した場合の事を考えての行動なのじゃろうが、勝蔵の気持ちも理解出来るじゃろうから、あまり煩く言わないでやってくれ」との事じゃ」
これを聞いた利家は、
「親父殿!いきなりで申し訳ありませぬが、儂の摩阿も柴田家で鍛えてくだされ。このままでは嫁の貰い手が来ない我儘娘になってしまいそうです、心配なのです」
勝家に懇願して来た。勝家は、
「分かった分かった。とりあえず、市と利兵衛に文を書いて届けさせるから!ほれ、頭を上げよ。気分転換に酒でも飲もう。内蔵助と十兵衛も付き合ってくれ」
「分かりました。又左、戦に差し支えない程度に飲むぞ!」
「下戸ですが、付き合いますぞ」
「ううう。親父殿、内蔵助、明智殿。済まぬ」
信長からの文に利家だけが暗い気持ちにならない様、勝家達は、利家に付き合う事にした