信頼を得た者達と死地へ向かう愚者達
「さて、竜芳殿。少し話が長くなってしまいましたが、ここからが我々が此方へ来た理由になります。先程も言いましたが、内府様は穴山達を高遠城へ誘き寄せて討ち取るつもりですが、
万が一、失敗して逃げられた場合、甲斐国の重要な場所に逃げ込まれない為に、我々にその場所を押さえておく様に命令していたのです」
「その重要な場所が、ここ恵林寺一帯なのですか?」
「はい。正確には恵林寺一帯と躑躅ヶ崎館ですが、躑躅ヶ崎館は言わずもがな。ですが、恵林寺一帯は、竜芳殿と竜芳殿のご子息を穴山達に奪われない為です」
「拙僧や、拙僧の息子の竜二郎が穴山達に奪われる?何の為にですか?」
「織田家が虎次郎殿を神輿に据える事を知った穴山達のうち、誰か1人でも生き延びた場合、竜芳殿か、竜二郎殿を神輿に据えて、織田家に対抗する為です
それこそ、傀儡にした竜二郎殿を武田の新たな当主として、「竜二郎様が織田と徳川を叩きのめせと言っておる!」と勝手な事を言う可能性は高いかと」
「そ、そ、そんな!柴田殿!竜二郎は、元服もしていない十一歳の子供なのです!そんな事に巻き込ませたくない!」
「竜芳殿。典厩様も「竜芳殿の男児は武田の家督を継げる1人」と仰っておりました。それを聞いた内府様は我々に恵林寺一帯を守る様に命令しました。
だからこそ、竜芳殿!穴山達が高遠城で全員討死するまでは、我々も恵林寺一帯から動きませぬ!なので、竜芳殿も、我々を少しずつでも信頼していただけませぬか?」
「分かりました。柴田殿や家臣の方々に、拙僧と竜二郎の身の安全を守ってくださいます様、お頼みします」
「ありがたき!それでは、本陣にて準備に入りますので、失礼します」
こうして、竜芳さんとの面会は終わって、俺達は本陣に戻った。
六三郎達が戻った後、案内していた快川紹喜が竜芳の元に戻って来た
「紹喜様?本堂に居なくて良いのですか?」
「ほっほっほ。なに、慌ててやらないといけない事は、今のところ無いから良い。それよりも竜芳。
柴田様達に対して、信頼出来た様じゃな。最初は牽制しておったのに、柴田様の言葉に心を動かされたか?」
「はい。最初は、武田家の家督相続に口出ししてくれと言う話かと思っておりましたが、孫六叔父上が亡くなった事、穴山達が四郎を殺した事を教えただけでなく、
四郎の正室や娘、更には五郎や典厩殿まで生かしてくれたのです。声を聞いて嘘や誤魔化しなどはないと確信しました。それだけでもありがたい事なのに、
四郎の嫡男を養育している事、そして、拙僧の子の竜二郎を穴山達に奪わせないと断言した事。声を聞くに、戦経験の少ない若武者の様ですが、
信頼出来る声でした。自信に満ち溢れている。と言うよりは、絶対に成し遂げる!と言う覚悟が感じられました。もしも、柴田殿が四郎の嫡男の側に居て、
五郎や典厩殿と同じ様な立場になってくれるのであれば、竜二郎を柴田殿の元に行かせて、色々学ばせたいです」
「それ程の若武者と感じたか」
「それは、紹喜様も同じでは?」
「はっはっは。確かにそうじゃ!儂の目を真っ直ぐに見て、「穴山達以外を殺すつもりはない!」と言ったからこそ、儂は竜芳に会わせたのじゃ。
きっと柴田様は、軍略の才、内政の才、そして人柄で訳ありの者達を引き寄せているのじゃろう。戦乱の世にあって、他者の為に動く若武者など聞いた事が無いが、その様な若武者を得た者が、戦乱の世を終わらせるのじゃろうな」
「拙僧もそう思います」
「まあ、柴田様達も、「万が一穴山達が逃げて来たら」と言っておったのじゃ。万が一が起きない様に祈祷しておこうではないか」
「はい」
師弟は六三郎と話して、「この若武者なら信頼しても大丈夫だろう」と確信した様だった
六三郎が恵林寺一帯を守る為に信頼を得ていた頃、穴山達はと言うと、
「彦六郎様!、いえ、お館様!いよいよ、織田内府に会いますな!これで武田家当主として、甲斐国の正当な太守と認められる時が」
「これこれ。気が早いぞ?それに、織田内府には「勝之助を武田家当主に」と推挙しておるのじゃ。お館様と呼ぶなら儂ではなく、勝之助に対して呼んでやれ。のう、勝之助?いや、お館様」
「父上。拙者がお館様ならば、父上の呼び方も考えないといけませぬぞ?」
「それもそうじゃな。お館様の父なのだから、大お館とでも呼んでもらおうかのう?」
「それは分かりやすく良い呼び方ですな!大お館様!」
「「大お館様!」」
「はっはっは!まだ早いが、そう呼ばれるのは心地良いのう。じゃが、織田内府の前では、一応、諏訪四郎をお館様と呼ぶぞ。本心では呼びたくないがな」
「大お館様は、腹芸も出来るのですな。諏訪四郎と違って」
「あの様な愚か者と一緒にされては困るのう。それより、これからは、儂達五十人が武田家の中心になるのじゃ!気張らないといかぬぞ?」
「「「「ははっ!」」」」
「しかし、大お館様。入明寺に居る盲の者の扱いはどうなさいますか?」
「ああ、あ奴が生きていると面倒じゃ。勝之助の当主就任が認められたら、手の者を使って殺す!それまでは監視するに留めておけ」
「ははっ!」
「さて、高遠城が見えて来たぞ!あそこは儂達にとって、輝かしい日々が約束された場所じゃ!暗い話は一旦忘れよう!」
「「「「ははっ!」」」」
これから入る高遠城が死地であるとは、一切考えてない様で浮かれていた。




