奪われてはいけない人に会う
「柴田様。穴山とは、穴山彦六郎様の事ですか?」
「はい!その穴山が、武田家の家督を四郎殿から簒奪し、自身の嫡男が武田家当主になる為に色々と動いているのです!我々は四郎殿の家臣の土屋惣右衛門殿と原新之助殿が、四郎殿の奥方の桜殿と子の勝姫様を、
命懸けで甲斐国から脱出させた時に出会い、その事を主君である織田内府様よりも先に、高遠城城主で四郎殿が最も信頼しております仁科五郎殿に伝えております!
その際、武田家の家宝の1つである楯無の中に遺言状とも取れる文の中に、こう書いてありました
「この文が読まれている頃、自分は間違いなく死んでいる。自分が死んだ後、穴山達に武田の家督を継がせたくない!五郎、お主を当主名代に指名する。だから、織田家に降伏してくれ!」と。
直ぐに信頼出来ぬ事は承知しております。紹喜殿!つかぬ事をお聞きしますが、穴山達から「信濃国の高遠城へ行ってくる」と言われておりませぬか?」
「言われておりますが、もしや高遠城は」
「織田家が落城させましたが、それは名目上の話です」
「どう言う事ですか?」
「仁科様が討死した様に偽装して、穴山達を誘き寄せる為です!」
「お、お待ちを!今の、仁科様が「討死したように偽装して」と仰っていましたが」
「紹喜殿。そのままの意味です。仁科様は生きております。そして、高遠城で穴山達を討つ準備をしております」
「ま、誠ですか?生きているとは、嬉しいかぎりです」
(おや?なんか、穴山の時と反応が違うぞ?まあ、いいか。話を続けよう)
「更に申しあげるなら、紹喜殿。仁科様だけでなく、典厩様も生きております」
「誠ですか?では、典厩様も高遠城に居るのですか?」
「はい。典厩様も穴山達の暴挙を許さないと立ち上がってくれました」
「良かった。これで、信虎公の血筋が絶える事は無い。良かった」
「紹喜殿。改めての説明になりますが、その高遠城で穴山達を討つ策が失敗した場合、穴山達が甲斐国へ逃げた場合、躑躅ヶ崎館か、
ここ一帯で籠城戦を行なう可能性が高いと、典厩様が仰っていたので、我々は恵林寺一帯を守る形の布陣をしたのです」
「つまり、我々が戦火に巻き込まれない様にとの配慮と言う事ですな?」
「はい。ですが、それだけではありませぬ」
「他に理由があるのですか?」
「ええ!これも典厩様から教えていただいたのですが、仁科様の兄君、つまり信玄公の子である竜芳殿と、そのお子を穴山達に奪われない為です!」
「そんな!竜芳と子の存在まで知っているのですか?」
「その件も典厩様が教えてくださいました。竜芳殿は盲目であった為に出家したが、半俗の身である為、子をもうけている。と、紹喜殿。公になっていない子で言うならば、四郎殿の嫡男も居るのです」
「柴田様!それは誠ですか?四郎様には勝姫様しか子が居ないと思っていたのですが」
「はい。5年程昔、武田家から松姫様が出て行った事は覚えておりますな?」
「はい。四郎様が、松姫様を北条に嫁がせて関係強化を図ろうとしていた時でした。ここ恵林寺にも探しに来ておりました。もしや松姫様は、その時に四郎様の嫡男を人質として?」
「いえ。どうやら四郎殿は、拙者を通じて織田家に保護してもらおうと思っていた様です。まあ、その理由として、拙者の家臣の半数以上が、元は武田家家臣だった者達なのです」
「それは誠ですか?」
「ええ。皆、自己紹介してくれ。その方が早い。源太郎から頼む」
「ははっ。飯富源太郎と申します」
「土屋銀次郎と申します」
「原新左衛門と申します」
「山県佐兵衛と申します」
「真田喜兵衛と申します」
「確かに、皆様、父君が信玄公や信虎公の時代に仕えていた方々。真田殿に至っては、ほんの数年前まで武田家に仕えていたはず」
「紹喜殿。皆が拙者の元に来た理由は、色々有りますが、皆が仕えている事を知った四郎殿が、拙者を通じてなら、織田家も松姫様と嫡男の男児、名を虎次郎と言いますが、その2人を殺さないであろうと賭けに出たのです。その結果が今に至ります」
「なんと。普通、嫡男は自らの手で育てていきたいはずなのに」
「それも諦めなければならない程、当時から武田家は家中が緊張状態だったのでは?それを武田家の長老である孫六殿が生きている時は抑える事も出来たが、
亡くなった事により、穴山達は四郎殿を手にかけた。そして、四郎殿が切腹して降伏した事を装って、織田家に臣従し、自身の嫡男で信玄公の孫にあたる男児に武田家の家督を継がせようとしているのです」
「柴田様が仰っている事は分かりました。つまり、高遠城に穴山達を誘き寄せる策が失敗して甲斐国に逃げこんだ場合、
穴山達が竜芳か竜芳の男児を神輿として担ぎあげる可能性があるから、そうならない為に、恵林寺一帯を守る為に布陣しているのですね?」
「はい。そう言う事です。紹喜殿を始めとした恵林寺の僧の方々は勿論、竜芳殿やそのお子を殺すつもりは一切ありませぬ!」
俺がここまで言うと、紹喜さんがじっくりと俺を見る。10秒くらいだったんだけど、異常に長く感じる中、終わったと思ったら
「柴田様。柴田様のお顔をじっくりと拝見しましたが、今の言葉に嘘や偽りは無い様ですな。そんな柴田様や、家臣の皆様ならば大丈夫でしょうな
紹円。入明寺に行って、竜芳に客人が来るから準備しておく様に伝えて来なさい。私が柴田様達を案内します」
「はい!」
紹円さんは言われると、入明寺に小走りで行きました。なんだよ、この急展開。なんか俺に余計な仕事が来るのか?もう、武田、いや、穴山達との戦が無事に終わるなら、仕事量が増えてもいい!
殿達が出来るかぎり早く、穴山達を全滅してくれる事を祈ろう!




