話は進み知らない間に全員集合
天正十二年(1584年)三月一日
信濃国 高遠城
「奥方様!誠に、誠に、お館様は」
「典厩殿。先程、土屋殿が見せた文が証拠です。殿は、四郎様は」
皆さんこんにちは。現在、大広間で重苦しい空気の中に居ます柴田六三郎です。その理由なんですが、
今日の推定朝9時頃、勘九郎様と三七様が軍勢を引き連れて、高遠城に来たと思ったら、武田典厩信豊さんという人と護衛の人達を連れて来たんです
何でも、その信豊さんとやらは、武田信玄の弟さんの嫡男であり、現在の武田家中において、仁科五郎さんと同じくらいの重要人物との事。そんな信豊さんは、
勘九郎様と三七様から降伏勧告をされたけど、勝頼の遺言状を見ないと、降伏して良いか分からない。と言ったので、2人が高遠城に連れて来たらしいけど、
「お館様の文もあって、御旗と楯無も有る。では、お館様は」
「恐らく、既に」
勝頼が死んでいるだろうと確信してしまったから、落ち込んでいる。こんな時、俺は何も出来ない!だから黙っているんですが、
「典厩殿。一先ず、飯でも食べて身体を動かせる様にしましょう!六三郎!何か軽くつまめる物を作ってくれ!」
と、勘九郎様に言われまして、今から台所で軽く食べられる物を作って来ます
六三郎が移動した大広間では、信豊が家康に質問していた
「徳川様も武田家の内情を全て知っているのですか?」
「全てではないが、大体の事はな。だが、武田家の内情は裏を返せば、穴山達を全員殺したら全てが終わると言う事じゃ。それに、内府殿から教えてもらったか、
甲斐国平定後は、甲斐国内に蔓延している泥かふれとやらの奇病にかからない様にする為の土地の改善も行なうそうじゃ」
「徳川様!その話は、誠にございますか?」
「詳しい事は内府殿と話し合わないといかんが、内府殿は、奇病は治せないが、かからない様にする為に色々やるそうじゃが、典厩殿。典厩殿と仁科殿が、
穴山達を殺した後の武田家当主の虎次郎殿をしっかりと補佐しないといけませぬぞ?」
「ははっ!武田家中において長老になる拙者が、若者達を補佐して、武田家再興の礎になりたいと思います!」
「それを成しえる為にも、今は腹拵えをしましょう。先程料理を作りに行った柴田六三郎殿の料理は絶品ですぞ」
「諸国の美味い物を食べておられる徳川様が、それ程絶賛する料理人なのですか」
「いや、典厩殿。六三郎殿は料理人ではなく武士じゃ。此度も、儂が高遠城に入るまでは、臨時で守っておった」
「臨時とはいえ、城の守りを任せられるとは。見たところ、二十歳前後の若武者に見えますが。それ程、あの柴田六三郎殿は、戦経験豊富なのですか?」
「戦経験に関しては二、三回じゃから豊富とは言えないが、一度の戦で敵を完膚なきまで叩きのめすからのう。典厩殿は聞いた事がありませぬか?「柴田の神童」や「柴田の鬼若子」と呼ばれる若者の事を」
「聞いた事はあります。確か十二年前に信玄公が東海道を進んで上洛する時、当時中山道を進んでいた秋山が、その「柴田の神童」と呼ばれる、
元服前の子供か総大将の軍勢に負けたと。しかも、その軍勢は数でも質でも、秋山の軍勢に劣っていたと。
徳川様?まさかとは思いますが、あの柴田六三郎殿が「柴田の神童」と呼ばれていた子供だったのですか?」
「そうじゃ。まあ、儂は内府殿から教えてもらっただけじゃが、それでも、その後の働きを聞いたら、元服前は「柴田の神童」と呼ばれて、
元服後は「柴田の鬼若子」と呼ばれるのも納得するじゃろう。のう、勘九郎殿、三七殿」
「そうですなあ、六三郎は九年前の戦で家臣の赤備えの皆を暴れさせて、砦を壊滅させて、守っていた、武田の兵達を全滅させたそうですから」
「しかも、その時はまだ十一歳だったという事が、また」
「お、お待ちくだされ勘九郎殿、三七殿!九年前の戦で十一歳だったという事は、十二年前の戦の時は八歳ではありませぬか!」
「ええ。だから、「柴田の神童」と呼ばれていたのです」
「それに、兄上と拙者が北信濃平定に向かっていた理由も、六三郎殿が穴山達の逃げ道を無くす為だったのですから。甲斐国の周囲のうち、東側は桜殿の実家の北条の領地だから逃げられない。
越後国へ逃げようにも上杉の領地ですし、雪深い土地なので逃げ道の途中で死ぬ可能性が高いから選択しないでしょう
ならば、北信濃を通って飛騨国へ行くしか逃げ道は無い。しかし、信濃国では仁科五郎殿や典厩殿が居るから、四郎殿を手にかけた事が露見したら殺される。ならば、逃げ道は北信濃から飛騨国への道しかない
そこを抑えて、絶対に逃がさない、確実に殺す!という策を六三郎殿は考えていたのでしょう」
「何たる軍略の才、複数の国を巻き込んで穴山達の逃げ道を無くして、絶対に逃がさない策を戦経験の少ない若武者が考えていたとは」
「典厩殿。その六三郎殿の策は大掛かりではあるが、内府殿は六三郎殿の策を原案として、自身と儂を餌に穴山達を誘き出す策を考えたのじゃよ。それが、此処に来た時に見た文じゃ」
「あの策を内府様が」
「まあ、そのうち内府殿も来るじゃろう。今しばらくは、六三郎殿の美味い飯でも食べてゆっくり待ちましょうぞ」
「お言葉に甘えさせていただきます。勘九郎殿、三七殿。高遠城へ連れて来ていただいてありがとうございます。降伏する決心がつきました」
「典厩殿。降伏の決断、感謝します。今は腹拵えしましょう。ちょうど、六三郎達が美味い香りのする物を作っておりますから」
信忠がそう言って六三郎を指差してほどなく、
「若様!!」
源太郎が走って来た。尋常じゃない様子に信忠は
「源太郎!何が起きた?」
問いただすと、源太郎は
「織田様が、高遠城に来られたのですが、源三郎様や仁科様だけでなく、松姫様と虎次郎様もご一緒なのです!」
そう答える。それを聞いた信忠は
「源太郎!誠か?」
「はい!もう、大広間に向かっております!」
源太郎がそう言った直後、
「皆!待たせたな!しかも、六三郎が美味い飯の香りを漂わせておるか!良き頃合に到着した!」
信長が主だった面々を連れて、大広間へやって来た。台所に居る六三郎は当然、信長達が来た事を知らない。




