兄達は無血開城に挑戦中
信豊が小諸城を数名の家臣と共に出て、しばらく進むと、信忠達の本陣が見えて来た。信豊達は馬から降りて本陣へ歩くと、信忠達もそれに気づく
「貴殿が織田内府殿の嫡男の織田左中将殿と、そのご兄弟の神戸伊勢守殿ですな?」
「そうじゃが、貴殿はあの城の城主殿か?名を教えていただきたい」
「拙者の名は武田典厩信豊にございます」
「武田?もしや、武田家当主の四郎殿の兄弟なのですか?」
「いえ、拙者とお館様は従兄弟になります。お館様の父が先代当主の信玄公で、拙者の父は信玄公の弟の典厩信繁です」
「何と!それでは、現在の武田家中において仁科五郎殿と同じくらい重要人物ではござらぬか!」
「五郎殿を知っているのですか?」
「はい!立ったままの話もなんですので、本陣へどうぞ。上座などない、互いに向かい合って話し合いましょう」
「そうですな」
信忠は信豊達を本陣へ案内して、着席させた
「それでは典厩殿。織田家が現在知っている情報を話します。しっかりと聞いた上でどの様に動くか判断していただきたい」
「お願いします」
「先ず、穴山達が武田家中及び甲斐国を食い荒らしている事、それを教えていただいたのは奇しくも四郎殿の正室の桜殿と子の勝姫じゃ」
「お、お待ちを左中将殿!お館様の子は勝太郎と名と性別を偽っておったのです!それを知っていたのは、武田家中でも一部の者のみ!穴山でも知らぬ事を、
何故、左中将殿が、いえ、織田家が知っているのですか?そもそも、桜殿と勝姫様がどうして織田家に?」
「典厩殿、出来る限り簡潔に情報を話します。先ず、先頃、四郎殿や典厩殿の叔父の孫六殿が亡くなったそうです」
「ま、孫六叔父上が亡くなった?ま、誠か左中将殿!嘘ではないのか?孫六叔父上が亡くなったとあれば、一門である儂や五郎殿に間違いなく知らせるはずじゃ!
なのに、何故、その知らせが来ない?左中将殿、もしや?」
「典厩殿。その、もしや。で間違いないかと。四郎殿が甲斐国の内情を書いた文を拙者も見せてもらいましたが、おおよその内容のひとつに、
孫六殿が生きていた時は穴山達を抑える事が出来たが、孫六殿が亡くなると、抑えられなくなる。恐らく自分や自分に従う者達を穴山達は殺す為に動くだろう
それが孫六殿の葬儀の日の夜か翌日かは分からないから、桜殿と勝姫を家臣である土屋惣右衛門と原新之助に護衛させながら避難させた」とありました
「お館様が言っていた事が現実になるとは」
「典厩殿?四郎殿は、こうなる事を予見していたのですか?」
「はい。お館様は拙者がお館様と近い者と思われたら、穴山達に殺されてしまうから、距離を取ってくれと。それが、まさか」
「典厩殿。四郎殿の文に、こうありました。覚えているおおよその内容を話します、「拙者の母が武田家に滅ぼされた諏訪家の娘だった事で、家督相続に殆どの家臣が反対していた。
更に祖父信虎の娘が母で、父信玄の娘を嫁にもらった自分こそが武田家当主に相応しいと思っており、家中を乱す言動を取っておりました。孫六叔父上が生きている時は、諌める事も出来ましたが、
その孫六叔父上が亡くなった以上、拙者は近いうちに穴山達に殺されるでしょう」とありました」
「お館様、殺される事を分かっていて。しかし、左中将殿!織田家が穴山達を殺して甲斐国を統治するとなると、
お館様に従っていた者達、穴山に従っていた者達、双方からの反発で甲斐国が乱れると思うのですが?」
「典厩殿。その事ですが、四郎殿は数年前から対策しておりました」
「どの様な対策でしょうか?」
「お話する前に、信玄公の娘の松姫殿の事は、当然知っておりますな?」
「それは勿論!数年前に武田家を出奔したと聞いているが、その松姫様が何か関係あるのですか?」
「現在、拙者の嫁になっております」
「「「ええ!?」」」
「更に、松姫は出奔の際、虎次郎という幼い男児を抱えておりました。実は、その虎次郎こそが四郎殿の嫡男なのです」
「ま、ま、誠ですか?誠にお館様の嫡男が、若君が居るのですか?」
「ええ。織田家の家臣に訳ありな者を引き寄せる力が強い者がいるのですが、その者が美濃国を移動している所に、松姫と虎次郎、そして、
その二人を護衛しながら移動してきた山県家の子達が現れて、保護してもらったのです」
「何と幸運な。左中将殿、松姫様や虎次郎様を助けていただいて、こんな事を言うのはおかしいですが、
織田内府殿は、虎次郎様や松姫様を殺そうとはしなかったのですか?穴山の存在が露見していなければ、織田家にとって武田家はまだまだ敵だったはずです」
「典厩殿。虎次郎を生かして養育する事になった理由を聞いたら、貴殿達は怒る可能性が高い。冷静に、刀を抜かずに、話を聞いていただけますかな?」
「「「勿論!お願いいたす」」」
「ならば、松姫と虎次郎達を保護したのが五年前で、その時点で父の織田内府は、「武田を滅ぼす事は造作も無い事。むしろ、虎次郎を武田家当主に据えて、
反発する者達を攻撃する」大義名分として虎次郎を養育する政治的判断を下したのです」
「五年前の時点で、武田家は織田家からその様に見られていたとは。そ、それでも!虎次郎様が養育されているのであれは、信玄公の血筋は保てる!」
「典厩殿。ここ迄言えば、分かると思いますが、我々織田家と同盟相手の徳川家は穴山を殺す事を優先しております。穴山を殺せば甲斐国平定としたいので、
穴山達以外は出来る限り殺したくありませぬ。降伏していただきたい!」
「それは有り難いお誘いですが、お館様から降伏して良いと言われない事には」
「その事なら安心なされよ。実は、四郎殿は自身が穴山の手にかかった後の事も文に残しておった。
高遠城で仁科五郎殿が武田家の家宝の楯無の中に隠してあった文を見つけたのじゃが、文の内容として
「五郎を武田家当主名代に指名する。織田家が来たら攻撃せずに降伏してくれ!そして、生きて虎次郎の傅役になってくれ」とありました」
「お館様。虎次郎様の為にそこまで考えていたとは」
「俄かには信じられないでしょう。なので、確認の為に高遠城へ行きませぬか?仁科五郎殿と我々の弟が、
四郎殿の文の内容と降伏を伝える為に、父の本陣へ一度行きました。間違いなく高遠城へ戻る道中を進んでいると思いますが、如何なさいますか?」
「高遠城へ行きましょう!お館様の文を自ら読んで、確認させていただいてから降伏させてくだされ!」
「分かりました。それでは、高遠城へ参りましょう」
信忠と信孝は、小諸城を無血開城させたが、信豊は降伏してないけど、行動を共にする。と言う奇妙な状況で高遠城へ出立した




