名代の懇願と何も知らない主人公
天正十二年(1584年)二月二十三日
信濃国 某所
信長が信房の書いた文を読み終えて、信房達の到着を心待ちにしていると、
「源三郎様が参りました!件の者も一緒です!」
「うむ。儂の前に連れて来い!」
2人が到着した報告が入り、信長の前に現れた
「父上!遅くなり、申し訳ありませぬ!」
「源三郎、その者が仁科五郎殿か?」
「はい!高遠城城主で、武田家当主武田四郎殿の弟の仁科五郎殿です」
「仁科五郎盛信と申します。織田内府様には」
「五郎殿。固い挨拶は要らぬ!源三郎の兄達から事前に文が届いておった。源三郎と共に、儂に何かしらの頼みたい事がある様じゃな?申してみよ」
「ははっ!実は、兄の四郎勝頼が拙者に託した文の中に、拙者を兄の嫡男で織田家で養育されている虎次郎君が元服して甲斐国を統治するまでの間の、
当主名代として、虎次郎君を補佐する傅役に指名すると同時に、織田家に降伏する様に言われておりました!こちらが、その文です」
盛信は勝頼の遺言状を信長に渡す。信長はそれを受け取り、読む。読み終えると
「五郎殿。兄君は立派な当主であるな!これ程までに、民の事、家臣の事、家族の事を考えているとはのう、儂の息子の一人の阿呆に見せてやりたい程に立派じゃ!
それで、五郎殿はどの様にしたいのじゃ?具体的に言ってくれ!その方が織田家としても行動しやすい!」
「拙者が名代として、織田家に降伏した事を北信濃の者達に伝えていただくと同時に、穴山討伐にご協力いただきたく!」
「穴山討伐への協力は構わぬが、何故北信濃へ伝えるのじゃ?」
信房と盛信は、六三郎から提案された作戦の内容を信長に話す。すると
「はっはっは!!六三郎め、そこまでの策を用いて穴山達を一人残さず討伐するつもりか!全く、幼い頃以上に策の内容が恐ろしいのう!
だが、そこまでやって初めて、四郎殿の願いを叶えられると思ったのだろう!ならば、北信濃へ勘九郎と三七の軍勢を動かして、儂が高遠城へ行く!」
「父上!それは何故ですか?」
「内府様!高遠城は、穴山達が逃走してくるかもしれぬ場所ですぞ!」
「源三郎と五郎よ!考えてみよ!穴山達は、四郎殿を弑虐した後、自分達が甲斐国を統治するのに立場的にも、血筋的にも正当であると認めて欲しいじゃろう
そんな時に、儂と儂の同盟相手の徳川家が高遠城に入ったと知ったら」
「「認めてもらう為に高遠城へやって来る!」」
「そうじゃ!穴山は自身も、自身の嫡男も武田家の血筋であると主張する為に儂達の元へ来る!その時こそ、五郎殿、本懐を果たすが良い。
その為には、急いで高遠城へ入るとしようではないか!皆、急ぎ本陣を片付けよ!そして、徳川家へこの事を伝えて、移動する様に伝えておけ!」
「「ははっ!」」
こうして六三郎の考えた作戦に信長が少しばかり悪ノリを加えた作戦で穴山討伐が決定した
翌日
信濃国 某所
「殿!織田様からの文でございます」
「三郎殿からか、何か動きがあったのか?どれ、「二郎三郎へ、信濃国を少しずつ征圧している働き、誠に感謝する。そんなお主に少しばかり儂と共に芝居をしてもらいたい
何故かと言うと、数日前になるが武田家当主の四郎勝頼の奥方と娘と家臣数名が、六三郎を通じて儂に保護を頼んで来た。その理由を聞くと、武田家中で穴山という愚か者が、自身の母が信玄坊主の姉で、
自身の嫁も信玄坊主の娘である事から、自身の血筋を正当な武田家当主に相応しいと思い四郎勝頼に謀反を計画していて、被害に遭わない為に事前に逃げていた所を
六三郎達が保護して、儂の元へ届けたのじゃが、ここ迄言えば、二郎三郎なら分かるな?
そんな自らを武田家当主と思っておる愚か者の耳に、儂と二郎三郎が近くに居ると届いたら、武田家当主としての立場と領地安堵を願い出るに違いない
そこでじゃ!信濃国に高遠城という城があるが、そこは四郎勝頼の実弟の仁科五郎盛信という者が城主を務めている。その者は、四郎勝頼の遺言状で武田家当主名代に指名された
そして、名代として織田家に降伏した。だが、兄を殺された恨みを晴らしたいと儂に願い出た。そこで、儂とお主が高遠城へ入り、穴山達を誘き寄せて、
油断した所を、隠れている仁科五郎や家臣達によって、直接殺させてやろう!という事じゃ!今のところ高遠城は六三郎達が守っておる。
六三郎はこの事を知らぬ!儂達より先に穴山達が到着したら、六三郎達は城を守る為に間違いなく攻撃する。それでは計画が水の泡じゃ
だから二郎三郎よ。儂より先でも構わぬから、高遠城へ移動していてくれ!」とあるが、名目上は武田は降伏したか、獅子身中の虫を退治するという事か
相変わらず、三郎殿はやる事なす事万事派手じゃな!それに、六三郎は訳ありの者を引き寄せるのう」
「殿、如何なさりますか?」
「この穴山とやらを殺せば、戦がほぼ終わるのじゃ。ならば、三郎殿の策にのろう!それに、六三郎の作る飯も久しぶりに食いたいからのう。よし、決まりじゃ!高遠城へ急ぐぞ!本陣を片付けよ!」
「「「ははっ!」」」
こうして、六三郎だけが何も知らない状況が出来上がっていった