閑話 甲冑職人は休めない
「申し訳ないが、金四郎殿、新たに赤備えの甲冑を九つ、その内三つは、こちらの依頼制作書にある様に一つは六文銭を兜に、一つは六文銭を兜につけて六文銭の上の方に麒麟の様な一本角を、
一つは六文銭を兜につけて、兜の横側に牛の様な二本角を付けた物をお願いします。身幅等の記録はこちに、そして期限は五日で」
「五日!?いやいや、利兵衛様?甲冑一つ作るのにも弟子達と協力しても一日はかかるんですよ?」
「そこを何とか!若様からも多めに銭を支払ってでも作っていただきたいとの事です!何卒、お願いします!」
六三郎が出陣する面々に赤備えの甲冑を贈呈する事を決めた数時間後、利兵衛は源四郎と光三郎と共に、甲冑職人の金四郎の元に来ていた。勿論、甲冑の製作依頼の為だが、真田家以外の甲冑でも弟子達と協力して
一日で一つが限界と金四郎は断ろうとしていた。しかし、金四郎の弟子達は
「頭領!これは柴田の若様からの依頼ですよ!俺達な
ら出来ると信頼されているから、こんな無茶苦茶な甲冑製作依頼を出してくれているんですから、やりましょうよ!」
「そうですよ頭領!柴田の若様も柴田様も、この越前国を暮らしやすい国にしてくれたんですから、今度は俺達が柴田家の皆さんの為に無理をしましょうよ!」
「頭領!」
「頭領!」
「頭領!」
「あ〜!もう分かった!利兵衛様、その依頼お受けします。ですが、かなり多めの支払いをお願いしますよ!」
「それは勿論です!それではお願いします」
利兵衛と源四郎と光三郎が金四郎に頭を下げて、屋敷に戻った。3人が帰った後、金四郎は弟子達に
「お前ら!儂どころか利兵衛様にも出来ると言い切ったんだから朝の早い時から夜遅くまで、甲冑製作に集中しろ!いいな?」
「「「「「おう!」」」」」
こうして、金四郎と弟子達は六三郎の無茶振りを受けて、まるで未来のブラック企業の様なスケジュールでの甲冑製作をスタートした
通常の赤備えの甲冑に関しては、5人で取り掛かったら、2日で完成した。しかし、真田家の特注の甲冑に関しては、
天正十二年(1584年)一月十二日
越前国 某所
「や、やっと、兜以外が完成した。しかし、依頼の兜はまだ」
残り3日になって、真田家の特注の甲冑の兜以外は完成していたが、兜に六文銭と角を付ける工程で苦戦して、中々完成に至らなかった
それでも弟子達は
「頭領!角は兜に穴を開けて、そこから通しませんか?」
「お前!それは良い事を言うじゃないか!角はそれで行くぞ!あとは六文銭をどうするかだが」
金四郎も弟子達も、角の付け方は解決したが、六文銭をどうするかが決まらなかった。睡眠時間を削って試行錯誤し、甲冑を渡す当日になった
天正十二年(1584年)一月十四日
越前国 某所
「で、出来た!完成じゃあ!六文銭も無事に付ける事が出来た!これで利兵衛様、いや、柴田の若様も納得しとくださるはずじゃ!」
「頭領!遂に!」
「後は利兵衛様達にお渡ししたら」
「これだけ働いたんですから、多めに銭を支払ってもらいましょう!」
「早く利兵衛様達、来ませんかね」
「も、もう眠りたい」
金四郎と弟子達はそれぞれ色んな感情を持ちながら、利兵衛達の到着を待っていた。甲冑の他に甲冑を入れる箱も作っていた6人は、疲労困憊としか言い様がない顔だった
そんな6人の元に甲冑を受け取りに来たのは、
「若様。受け取りは我々だけでも良いのですから」
「利兵衛。金四郎殿や弟子の者達に無理をさせたのじゃ。多めの銭を支払うと同時に、会って礼のひとつと感状を人数分渡すくらいはさせてくれ。それに、儂だけではないであろう、喜兵衛殿」
「息子達は赤備えの方々の訓練をまだまだやらせておりますから、息子達の分と拙者の分くらいは自らの手で持っていきたいですからな
それに源四郎殿と光三郎殿も居ますし、荷車も有りますから。万が一の時は拙者も護衛役を務めます。まだ動きは衰えておりませぬから」
まさかの利兵衛達に加えて六三郎と昌幸だった。金四郎達はそんな事を知らないので、
「金四郎殿。利兵衛にござる!甲冑を受け取りに来ましたぞ!」
利兵衛の声を聞いて、弟子の1人が戸を開けると
「利兵衛様。と、柴田の若様?」
「えええ!な、何故、柴田の若様がこの様な場所に?」
全員驚いたが、六三郎は気にせずに
「金四郎殿、そして弟子の方々。拙者の無理難題を聞いていただき、誠に感謝します。そこで、先ずは支払いを。受け取ってくだされ」
六三郎はそう言いながら、銭の入った袋を13袋、金四郎達の前に置く。金四郎は
「若様?俺達は六人ですよ?」
「金四郎殿。此度の働きの支払いと礼も兼ねて、一袋に一貫入っておる。弟子の方々には1人2袋、金四郎殿には3袋を受け取ってもらいたい」
「そ、そんなにですか?」
「足りないか?中身を確認しても良いぞ」
「い、いえ。そんな恐れ多いです。充分過ぎる支払いですから、有り難く頂戴します」
「そう言ってくれて助かる。それから、これは1人ずつへの感状じゃ。腹の足しにもならないじゃろうが、もらってくれ」
「有り難く頂戴します。孫や曾孫が産まれましたら自慢させていただきます」
「とても嬉しい言葉じゃ!改めて、無理難題を聞いてくれて感謝する!それでは、甲冑を受け取らせてもらうぞ!」
「はい。あの、ひとつだけよろしいでしょうか?」
「何かあるのか?」
「はい。特注品の甲冑、六文銭を兜に付けた甲冑ですが、六文銭は木を丸くして穴を開けて赤で染めた物を糸で結んでおりますので、扱いに気をつけていただきたく」
「だそうじゃが、喜兵衛殿。そのあたりは大丈夫か?」
「息子達が兜を粗雑に扱わなければ大丈夫でしょう。金四郎殿でしたな。特注品の甲冑を頼んだ真田喜兵衛と申します。無理難題を聞いていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。何とか完成させて、此方も安堵しております」
「それでは屋敷に戻ろう!金四郎殿と弟子の方々。誠に感謝いたす」
六三郎はそう言って甲冑を荷車に乗せて、屋敷に戻って行った。六三郎達の姿が見えなくなると金四郎達は戸を閉めて、疲れからそのまま眠りについた




