姫の元に連れて行ったら
とりあえず秀長さんの所に行って、今日は現場に行けない事を話しておこう。言わなかったら、無断欠勤になってしまうしな
「小一郎殿。部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「六三郎殿。どうぞどうぞ。入ってくだ」
秀長さんが俺を見て固まっている
「ろ、ろ、六三郎殿?その子供はもしや?」
やっぱり勘違いしている様だ。早急に説明しよう
「小一郎殿。拙者の子ではないですから!」
「ほ、本当に六三郎殿の子ではないのですか?随分と扱いに手慣れている様に見えますが」
「諸事情で少しばかり預かる事になりました。羽柴様と共に山陰に出陣しております山内伊右衛門殿の嫡男の伊千丸殿です。前年の神無月に産まれた子の様で、
まだ人見知りも無い様です。まあ、諸事情と言っても母君の千代殿のお役目が多い様で、お役目をしている間だけ頼まれまして」
俺の説明に秀長さんが
「六三郎殿?今、伊右衛門殿の嫁の正室の千代に頼まれたと仰いましたか?」
「ええ。何かまずい事でしたか?」
「ええ。伊右衛門殿は大きくないですが、ちゃんと所領もありますので、子の世話を任せる侍女一人くらいは召し抱えられるはずなのですが
それに、確か伊右衛門殿と千代の間には娘も居たと思うのですが?その娘は何をしているのですか?」
「ああ。与弥姫でしたら、「私は巴御前の様になりたいから、長刀の鍛錬に行く!」と言って、鍛錬場に行きまして、その事で千代殿と言い争いをしておりましたので」
「六三郎殿が少しばかり子守りをしているというわけですか」
「まあ、そう言う事ですな」
「六三郎殿。世話になっている立場でこの様な事を言うのは心苦しいですが、六三郎殿は優し過ぎますぞ?
千代が伊右衛門殿の武具や馬の為に節約しているのであれば、千代の内助の功で伊右衛門殿が武功を挙げて所領を増やす為だと納得出来ますが、
その内助の功は千代だけでなく、娘の与弥姫もやらないといけませぬ。それこそ、子守くらいやらせないと!」
おおう。秀長さんがエキサイトしている。落ち着いてもらいましょうか
「まあまあ小一郎殿。拙者も何も考え無しに子守をしているわけではないのです。それこそ、与弥姫が居る鍛錬場に行って、程々で鍛錬を終わらせる為に与弥姫の目の前で子守をやろうと思っておりますので」
「成程、無言の圧をかけるわけですか」
「明確に言葉にすると、そう言う事ですな」
「いやはや、戦場に居る様な考えを持ちながらの子守とは、流石、柴田の鬼若子と呼ばれるだけありますな
子を授かる前からその様に考えている六三郎殿の子育ては、とても厳しそうですな。まだ数年は先の話とはいえ」
「まだまだ先の話です。それよりも小一郎殿。拙者が子守りをしながら鍛錬場に行ったら、正室の座を狙っている方々が詰め寄ってきそうですし、
そんな事になったら、伊千丸殿が怪我をしてしまいそうですから。どなたか付き添いの方をお願い出来ますでしょうか?」
「そうですな。それならば」
秀長さんが付き添いの人を決めようとしたら
「私が付き添います」
後ろから声が聞こえたので振り向くと
「あ、義姉上?」
まさかの寧々様でした。しかも、何やらお怒りの様です。お怒りの理由があるとしたら、秀吉から何か女関連の事が起きたとかか?
「あの、寧々様?」
「六三郎殿。土木開発が忙しいのに、子守までさせてしまって申し訳ありません。これも千代に多めに役目を任せてしまった私のせいです」
そう言って寧々様は頭を下げて来たんですが、やめてください!
「寧、寧々様。頭をお上げください。別に拙者は嫌々子守をしているわけではないのですから」
「そう言ってもらえて、ありがたいかぎりですが、伊右衛門と千代の娘の与弥がちゃんと弟の子守をやっていたら、この様な事にならなかったのです
与弥を少しばかり叱らないといけません。それこそ、赤子と幼子は周りの者達が見ないといけませんが、
基本的には家族が世話をしないといけないのにも関わらず、この様な事をした与弥をこのままにしておけません!
六三郎殿!私が付き添いますから、鍛錬場に行きますよ!」
「は、はい」
寧々様の迫力が凄すぎて返事をしました。弓もそうだったけど、やっぱり立場が強い女性が子を産むと、強くなるんだな。俺の妹達は、間違いなくとても強い母になるだろうな。だって、あのお袋が産んだ娘だしな
俺がそう考えながら寧々様の後ろを付いて、鍛錬場に向かっていると、やっぱりヒソヒソされます
もう、これは仕方ない。で、鍛錬場の扉の前に来ましたら寧々様がスパーン!と勢いよく開けると同時に
「与弥!出て来なさい!弟の子守を母である千代に頼まれておきながら、その役目を六三郎殿に頼んで長刀の鍛錬に勤しむなど、言語道断!
今すぐ私の前に来なさい!五つ数える内に来ないなら、鍛錬場を出入禁止にします!ひとーつ、ふたーつ、みっーつ、よーっつ、いつ」
「行きます!行きますから!出入禁止にしないでください!」
5つ数え終える前に与弥姫が出て来ました。顔は、青ざめてますね
「与弥!あなたの弟なんですから、千代が見られない時はあなたが見ないといけないのに、六三郎殿に頼むなど、何を考えているのですか!?」
「柴田様がしばらく見るから、長刀を振って良いと言ってくださいましたので、お言葉に甘えただけです」
「六三郎殿の好意を受けるにしても、限度という物があります!そもそも!母の千代の言う事も聞かずに!」
寧々様の迫力が凄すぎて与弥姫は泣く寸前です。俺は伊千丸くんが泣かない様に、少し距離を取りましょう
距離を取った俺の元に輝子さんと花江さんが来て
「「六三郎様。その幼子は誠に六三郎様のお子ではないのですね?」」
と同じ事を聞いてきた。しっかり説明しないと大変ですので
「ええ。この子供は、羽柴様と共に山陰地方に出陣しております山内伊右衛門殿の嫡男の伊千丸殿です
前年の神無月に産まれたそうで、まだ人見知りが無いので拙者に抱っこされで泣かない子守しやすい子です」
俺が伊千丸くんを抱っこしながら説明していると、輝子さんも花江さんも顔が蕩けています。何でそうなっているかを聞こうとしたら
「六三郎様は、戦や内政だけでなく子供にもお優しいのですね。私が嫁入りしたら」
「六三郎様が私の産んだ子を抱っこしながら」
あ、何かしらの妄想を思い浮かべている様です。こんな時はスルーした方が正解なので放置しましょう
とりあえず、これで与弥姫は少しくらいおてんばが改善される事を期待しましょう




