出発前から胃痛、母に会ったらまた胃痛
天正十一年(1583年)一月十七日
近江国 長浜城
「小一郎殿。誠に申し訳ありませぬ」
「いえいえ六三郎殿。二年以上実家に帰っていないのですから母であるお市様が一度戻って来いと言うのも仕方ありませぬ。
それに、もしも兄上がこの場に居たならば、「拙者もお市様に頭を下げに着いていく」と、言っていたかも、いえ、間違いなく言っていたでしょうから、
この機会に一度戻ってお話しをした方が良いでしょうな。遅くとも弥生の中頃に戻って来てくだされば、拙者としても助かるので」
「その頃を目処に戻りたいと思います」
皆さんおはようございます。長浜城の大広間で秀長さんに一時帰宅をお願いしている柴田六三郎です
一時帰宅の理由はお袋がとてつもなく怒っているから、怒りを鎮める為。なんですけど、浅尾家、というか虎夜叉丸くんを見て、前の夫の浅井長政を思い出してパニックになる可能性もあるけど、
長浜城の近くに居たら殿は勿論、秀吉に見つかった場合も間違いなく殺されると思うので、顔を隠しながらお袋の側に置いた方が安全だと思うんだよねー
戦が終わって、殿が浅井家の事も気に留めなければ生きていけるかもしれないけど、今はまだ怪しいから、越前国へ連れて行きます
で、準備を終えて浅尾家の元へ行きましたら
「では皆、越前国へ行こうではないか」
「「「「はい」」」」
浅尾家の4人と護衛の源太郎と新左衛門と三四郎と金之助の面々で出発しまして、伊吹ちゃんが途中で寝た場合は新左衛門がおんぶで連れまして、俺の胃以外は大丈夫な感じで問題なく進んで行きましたら
「勘十郎殿、雪乃殿、虎夜叉丸殿。3人は屋敷の中に入りましたら顔を隠してくだされ。母上が3人を見たら驚くかもしれませぬ」
俺の言葉に虎夜叉丸くんは、訳が分かってない様だけど、2人は分かった様で納得してくれました
そして、二週間くらいかけて久しぶりの実家です
天正十一年(1583年)二月一日
越前国 柴田家屋敷
「皆、久しぶりに帰って来たぞ!」
「若様!二年ほど見ない間にご立派になられましたなあ。お役目を終えられたのですか?」
「いや、一時的な休みじゃ。正月返上で働いておったからな。そうじゃ、源太郎達以外の4人は新たに召し抱えた家臣とその家族なのじゃが、
利兵衛に会わせた後で母上にも会わせる。母上を驚かせたいから、屋敷内に入ったら顔を隠すが、気にするでないぞ?」
「は、ははっ」
とりあえず屋敷内に入ったら利兵衛の元へ行きまして、事情説明です。子供達は源太郎達が面倒を見ております
「若様。此度の訳ありはこれまでの訳ありがかすみますなあ」
「利兵衛。確かにかすむが、それでも!近江国に居たままならば家族全員殺されてしまう!せっかく日の本から戦が無くなる日が近づきつつあるのに、
昔の因縁で命を奪われるなど、あってはならぬと儂は思う!だからこそ!」
「若様。拙者は、いえ、娘の紫乃も、孫の道乃も三吉も若様に命を救われた身でございます。若様が人の道を外れないかぎり、
若様をお支えします。此度の若様の御決断、反対しませぬ。だからこそ、何も言わずに奥方様の元へ行きましょう」
「利兵衛、お主が居て良かったと心から思う」
「勿体なきお言葉にございます。ささ、大広間へ行って奥方様を待ちましょう」
利兵衛に促されて俺達は大広間へ行った。勿論、勘十郎さん、雪乃さん、虎夜叉丸くんは顔を隠している。伊吹ちゃんは疲れた様で寝てしまったので、別の部屋で智さんが側で見ている
大広間で待っていると、お袋がとても怖い顔で入って来た。上座に座るなり
「六三郎!母はあなたに羽柴家と交流を持つなと強く言ったのに!何故、あの猿めの子作りを手伝って、更には子を産ませるなど!どういうつもりですか!!しかも、男児が、嫡男が産まれたと!」
おお、癇癪というやつか?お袋が殺意、いや、怨念に近い感情を秀吉に持っている事は知ってるけど、
俺ですら分かるんだよ?殿の天下統一は勿論、統一後においても秀吉は必要な人間だと。ただ、それを言ってもお袋は納得しないだろうなあ。仕方ない、全責任を殿に被せてしまえ!
「母上。母上の思いは分かりますが、拙者は殿からの命令として筑前殿と女房達を助けただけです」
「断れば良かったではないですか!!」
「母上。父上がこれまで粉骨砕身で織田家の為に働いて来たからこそ、越前一国が柴田家の領地になったのです。拙者が殿より母上の事を優先しては、父上の働きが全て水の泡になります。そんな事は出来ませぬ!」
俺がそう言うと、お服は泣きながら座布団を叩いていた
「何故!何故!!満福丸を殺した、あの猿が!嫡男を抱いて幸せに過ごしておるのじゃああ!あの猿のせいで、満福丸は!長政様はああ!」
このままだと自殺しかねない状態だから、浅尾家の皆さんの顔を見せよう!効果はあるはずだ
「母上!母上!!」
「何ですか?あなたはもう」
「母上!拙者の事を恨んでも構いませぬ!それこそ拙者を廃嫡して、弟の京六郎に家督を継がせても構いませぬ!ですが、それはこの4人の顔を見て、
何も思わなければ、拙者の事を殺してもらっても構いませぬ!だから、こちらを見てくだされ!母上!!」
「そこまで言うのであれば。よにん共、顔を見せなさい」
お袋の命令で4人が顔を見せる。するとお袋は
「はっ!も、もしや。父親のそなた、もしや勘十郎ではありませぬか?」
「奥方様。お久しぶりにございます。浅尾勘十郎にございます」
「やはり!では、母親は雪乃ではありませぬか?」
「雪乃でございます。お久しぶりです奥方様」
「では、その男児は」
「浅尾虎夜叉丸です」
「妹の浅尾伊吹です」
「!!」
虎夜叉丸くんが挨拶すると、伊吹ちゃんそっちのけで、お袋は虎夜叉丸くんに抱きついて泣いていた。やっぱり分かったんだな
「あの?奥方様?」
「ううっ。うううっ。まさか、まさか!」
うん。このままだと先へ進まないな。仕方ないけど、
「母上。これから色々話しますので、虎夜叉丸殿を源太郎達の元へ行かせたいのですが」
「ううっ。し、仕方あり、ません、ね。虎夜叉丸殿。赤備えの元へしばらく行ってくださいませぬか?」
「は、はい」
「源太郎!虎夜叉丸殿と少しばかり、身体を動かしたりしてくれ!」
「ははっ!」
源太郎が虎夜叉丸くんと伊吹ちゃんを連れて行って、やっと落ち着いたお袋と話し合い開始です