閑話 少女の思いは大人の女性に任せよう
元亀三年(1572年)十月七日
美濃国 岐阜城内の一室
現在、信長達が軍議を開いている最中、その信長に子供と一緒に休んでおけと言われた紫乃が道乃と三吉が待っている部屋に戻ってきた。
「おっ母。織田様は何て言ってた?直ぐに吉六郎様や爺様を助けると言ってくれた?」
道乃が紫乃に立て続けに質問してきた
「道乃。織田様も直ぐには動けないんだよ。お前も吉六郎様やおっ父から聞いただろ?軽はずみに動いては」
「それは知ってるけど!だけど、このままじゃあ吉六郎様や爺様が死んでしまうよ!そんなの嫌だ!!」
道乃が大泣きしながら叫んでいると
「あらあら道乃。どうしたのですか?その様に目が腫れるまで泣いているとは」
信長の正室の帰蝶が侍女達と部屋に入って来た
「帰蝶様。何卒、吉六郎様や爺様を助けて下さい!お願いします!」
帰蝶を見るなり道乃は頭を下げて懇願してきた。それを見た濃姫は
「三吉。しばし紫乃と道乃とお話しをします。女子同士の大事な話ですから、妾の側の者と共に別の部屋に居てくれぬか」
「はい」
「お前達。三吉に何か美味しい物でも食べさせておやり」
「はい。では三吉様。参りましょうか」
こうして三吉が侍女に連れられて、部屋から出ると襖を閉められた
「道乃。吉六郎の父の権六から話は聞いていますが、貴女は権六の屋敷で武家のしきたりを三吉と共に教わっているそうではないですか。妾の実家の斎藤家を再建する為に。ならば、その様に振る舞っては」
「確かに帰蝶様の仰るとおりです。一年前から武家の娘として色々教わっています。ただ」
「ただ?どうしたのですか?」
「今まで産まれてから三歳まで百姓の娘だったのに四歳から武家の娘として扱われたら、周りの人が変わってしまったのです。
今まで爺様が村の皆をまとめていた事に関して何も言わなかったのに、死んだ父やもう一人の爺様が実は武家の人間だって話したら、
皆よそよそしくなったのです。小さい頃から遊んでいた同い年の子達も。そんな中でも、吉六郎様は初めてお会いした時から、
ずっと変わらず同じ態度で接してくれて、村を救ってくれただけでなく、私の心まで救ってくれたのです」
「それ程までに吉六郎を想い慕っているのですね」
「はい。だからこそ帰蝶様」
「分かっております。殿も吉六郎を見殺しにはしないでしょう。だから、今は休みなさい。誰ぞ!道乃を空いている部屋へ案内しなさい」
「は、はい」
帰蝶の一声に手の空いていた侍女がとんできて、道乃を部屋に連れて行った。そして、紫乃と二人きりになると
「帰蝶様。娘が無礼な振る舞いをして申し訳ありません」
紫乃が帰蝶に頭を下げた。しかし帰蝶は
「頭を上げなさい紫乃」
「は、はい」
「良いのですよ紫乃。道乃も言っていましたが、いきなり生活が変わって周りの人間も変わって心細い中、ずっと変わらずに接してくれる人間は心の支えになります。
妾も殿に輿入れした時は周りから奇異の目で見られておった。そんな中でも殿だけは妾が不安に駆られない様に常に側に居てくれたのです。
道乃にとっては吉六郎がそうなのでしょう。それなら、あの様に懇願する事も分かります。それ程まで吉六郎を想い慕っておるのでしょう。
ほほほ、紫乃や。道乃もこれから色々な事を覚えていくのです。利兵衛の娘である其方も一応は武家の娘なのです。吉六郎が居ない時は、其方が支えてやるのですよ」
「はい」
「ほほほ。そう固くならずとも良い。道乃はいざとなったら吉六郎の嫁として輿入れさせたら良い。妾からの提案なら権六も文句は言わぬであろうしな」
「帰蝶様。未だ道乃は八歳です」
「ほほほ。遅かれ早かれ輿入れの日は来る。その時までに色々と身につければ良い」




