殿だから今の内に言える事
天正十年(1582年)一月十三日
近江国 長浜城
「さて筑前!寧々も無事に子が産まれ、しかも嫡男であった事、誠に祝着である!だからこそ、そろそろ本来の役目の準備に取り掛かっておけ!」
「ははっ!山陰方面軍としての準備に取り掛かります。ですが殿、出陣に関しまして弥生からの出陣でもよろしいでしょうか?」
「それは何故じゃ?」
「実は、側室が寧々の一ヶ月から二ヶ月後に出産予定なのです!産まれた事を確認したら、出陣しますので、どうか!」
皆さんおはようございます。朝から殿と秀吉のやり取りの為に大広間に呼ばれて座っております、柴田六三郎です。あれか?殿が秀吉に命令を出して、俺の帰る日を決めてくれるとか?
なんて期待をしております。まだ分からないので、二人の会話に集中しましょう
「二人目の無事を確認してから出陣すると。まあ、それは良かろう」
「有り難き」
「それとじゃ筑前。儂からお主に伝えておく事がある」
「何でございますか?」
「実はな、お主の元を出奔した虎之助達の事じゃ。お主は虎之助達が出奔した理由が分かるか?」
「申し訳ありませぬ。まったく持って分かりませぬ。本願寺との戦で、褒美が少なかったからでしょうか?」
「いや。その様な褒美でどうにか出来る話ではない。虎之助達、更に言うならば佐吉も、お主が市の娘を養子の嫁にして、歳頃になったら奪う計画を立てていた事を知って、
お主が心から支えたいと思い、慕っていた主君ではなく、只の色狂いにしか見えなくなったから出奔したそうじゃ」
「そ、そ、それは」
「だがな筑前。虎之助達五人は、お主に子が出来たら、きっと前の明るいお主に戻ってくれるかもしれぬと思ったからこそ、六三郎に頭を下げて、権六の子が出来た秘訣を聞いて、儂を通じてお主に伝えようとしたのじゃ
だが、儂はお主にただ伝えたとしても、聞かぬと思ったからこそ、実例として内蔵助の話を文に書いた
その結果、お主は興味を持ち、六三郎の派遣を要請して、見事に我が子を抱く事が出来た。今ならば、虎之助達が出奔した理由も、六三郎に頭を下げた理由も理解出来るな?」
「はい。あの頃、拙者は子が出来ぬのは、寧々を始めとした女子達のせいにしておりました。更に申せば、殿の一族の皆様は、子が多いので、
拙者の嫁が殿の一族の者ならば、子が出来るに違いないと思っておりました。全てが独りよがりの愚かな考えでした」
「それだけではなかろう!孫六の件もじゃ!」
「ま、孫六の件は」
「無理矢理孫六を重臣の加藤という者の猶子にし、実の親である三之丞とかえでを城から追放したとも聞いておるぞ!」
「その通りです」
「何故、その様な事をした?」
「拙者の重臣の一人の加藤権兵衛より、孫六を娘の婿に迎えたい。それが無理なら猶子でも。どうにか出来ないかと言われ、手放したくない家臣であったので」
「たわけ!!!」
殿の怒声が大広間に響く
「筑前!一人の家臣の願いを聞く為に、家族を離れ離れにしてどうする!良いか!虎之助達はな、お主が権力を使い、家族を離れ離れにした事にも嫌悪感を見せておった!
孫六も、自分は両親に捨てられたわけではないと安堵しておったぞ!この意味、お主なら分かるな?」
「申し訳ありませぬ!申し訳ありませぬ!」
「お主が孫六に出来る事は、猶子を解消させた後、両親の居る越前国へ孫六を行かせるか、長浜城で孫六と両親を再び召し抱えるかのどれかじゃ!よくよく考えよ!」
「ははっ!」
「それから最期に、小一郎!お主の事を話すぞ!良いな?」
「はい。今の兄ならば理解してくださるはずですので、お願いします」
「小一郎。一体」
「筑前!儂から話すから良く聞け!実はな、小一郎はお主より先に子が出来ておったのじゃ」
「え?小一郎、誠か?」
「はい」
「何故じゃ!何故、儂に言ってくれぬ!」
「筑前!今からその理由を話す。小一郎はな、お主が軍勢を率いて本願寺にあたっていた頃、男女の双子が産まれた。およそ三年前じゃ。
だがな、三年前のお主は、虎之助達から色狂いと思われる程、子への執着か強いが為に、小一郎は自身の子の事か露見したら、奪われるかもしれぬ。最悪の場合、殺されるかもしれぬと思ったから、
出奔する虎之助達の中に、乳母の役目として、紀之介の母のひなを入れたのじゃ、そこまでした理由は
当時の筑前の危うさじゃ!小一郎!ここから先は、お主の口から話せ!」
「ははっ!では、兄上。三年前の兄上は色々な方に恨みを持っていた事を覚えておりますかな?治兵衛の弟の小吉が六三郎殿に召し抱えられたと聞いた時は、
六三郎殿に恨みを持ち、柴田様がお市様を嫁にもらったと聞いた時は柴田様に恨みを持ち、佐久間様が本願寺との戦を終わらせたと聞いて佐久間様に恨みを持ち、
あの頃の兄上は、このまま行けば巡り巡って織田家へ恨みを持ち、大殿や勘九郎様に弓引くかもしれないと思ったのです
だからこそ拙者は、我が子の成長を見る事を諦めて、兄上の暴挙を抑える事のみに人生を費やすと決めたのです」
秀長さんの告白を聞いた秀吉は、
「儂の、儂のせいで小一郎が。済まぬ!済まぬ小一郎!儂のせいで!我が子を!済まぬ!!!」
秀長さんに頭を下げ続けた。その様子に殿は
「筑前!子が産まれた今なら分かるであろう!我が子を遠くに行かせてまで、お主の側に居る事を決めた小一郎の断腸の思いを!」
「はい!拙者が未熟者だからこそ、小一郎が我が子を手放し、虎之助達が出奔したのです!全ては拙者の責任です」
「ならば、全てを出来るかぎり丸く収める為には、どの様にする?」
「小一郎の子達を長浜城に戻し、虎之助達にその事を伝えて、戻って来てもらうべきと思います。いえ、召し抱えたいのです」
「ならば、孫六の猶子を解消して、両親共に再度召し抱えるのじゃな?」
「はい。今なら、我が子を奪われる辛さを考えただけでも、胸が張り裂けそうです。それを拙者がやってしまったのならば、元の形に戻す事が正しい形だと」
「良い顔になったな。それでは最期に、儂に於次を引き渡して、六三郎に治兵衛を引き渡して良いな?嫡男が産まれたのじゃ。養子と家督争いで殺し合いが起きる可能性があるのじゃから、そうなる前に元の形に戻す。良いな?」
「はい。拙者は寧々にも言われましたが、我が子可愛さに甘やかしてしまう可能性が高く、
我が子の家督相続の為に凶行に走ってしまうかもしれませぬ。そうなる前にお返しします」
「うむ。ならば、虎之助達五人が帰ってくるまで六三郎は長浜城に残れ!小一郎の子達も五人と同じ時期に戻す。於次は、明日の出立に合わせて連れて行く」
「ははっ」
なんとか話がまとまったけど、五人が早く来る事を今からお祈りしたいと思います。




