忠臣が忠臣である理由
この作品はフィクションです。なので、史実や現実と違う描写や表現が出て来ますがご理解ください。
「それでは佐吉殿。治兵衛殿の事は知っておるな?」
「勿論!殿の養子になったお方じゃ!いづれは羽柴家を継ぐ予定の」
「その治兵衛殿が騙し討ちの様な形で筑前殿の養子になった事はご存じですかな?」
「どう言う事じゃ?」
「事の露見は、数年前に尾張国に旅に出た時じゃ。目的地に向かう道中、ある場所に現れた猪を退治した事であったが、猪退治を頼んで来た家族が、筑前殿の姉の智殿家族であった
猪退治の際、智殿の次男坊の小吉が「武士になりたい」と仕官希望を伝えて来たが、母である智殿は
「武士になったら、出世の為に人でなしな行動を取る様になるんだ。私の弟の藤吉郎みたいに」
と言って、小吉を諌めた。そこから話を聞くと、治兵衛殿を連れて行く際、「自分が出世したら、皆を楽させてやれる」と言って、優しく賢い治兵衛殿は、
その言葉を信じて、筑前殿の養子になったのだが、その実、治兵衛殿は当時、浅井家の家臣だった宮部という者を調略する為の養子という名目に使われたと、佐吉殿。この話を聞いて、何も思わぬか?」
「宮部様の養子でも、治兵衛殿は無事に生きておるし、殿が出世して、姉君家族も裕福な暮らしをしておるなら」
「してなかったぞ?」
「してなかったとは?」
「智殿家族と儂が出会ったのは、6年前であるが、暮らし振りは、ごく一般的な百姓のままであった。着飾る事も無ければ、飯を大量に食うわけでもなくな
更に、家も人並みな大きさの家であった。6年前と言えば、筑前殿は旧浅井領を手にしておる時期じゃが、
佐吉殿。筑前殿や小一郎殿は尾張国中村に金銭や食糧を送る手続きをしておりましたか?」
「そ、そ、それは」
うん。ダメージをじわじわと受けているけど、まだまだ。次は、孫六の件だ
「佐吉殿。話を少し変えるが、孫六殿が筑前殿の重臣の加藤殿の猶子になった件は、どの様に伝えられたのじゃ?」
「孫六の両親が、加藤様に孫六を鍛えあげてくれる様に頼んで、加藤様が了承し、両親は孫六に里心かつかない様、長浜城から退去したと聞いたが、それも嘘と申すのか!?」
「ああ、そうじゃ!この話は孫六殿を含めた4人にも初めて話すが、この件を知ったのは、儂が2年ほど前、三河国を治めておる松平家の財政改善の為に、三河国で働いておった時、孫六殿の両親の三之丞とかえでが、
「羽柴筑前に仕えていたが、子の孫六を重臣の加藤某の猶子にすると言って、無理矢理奪われただけでなく、長浜城からも追放された!
三河国の一介の地侍のままでは、孫六の顔を見る事すら出来ませぬ。ましてや、奪い返す事など不可能!なので、どうか柴田家で召し抱えてくださいませ」
と、孫六殿より歳下の儂に平伏して頼み込んで来たのじゃ!似た様な状況で母の伊都殿を召し抱えておる
虎之助殿ならば、我が子の為に動く親の気持ちは、理解出来るであろう?」
「それはもう、痛いほどに。孫六、お主も分かるじゃろう?」
「勿論じゃ。儂は父上と母上に時々は会えると聞いておった。なのに、殿は「お主の両親は、お主を捨てた」と言って来た。それを小一郎様が「そうではない」
と言ってくださり、「孫六が加藤殿にしっかりと鍛えてもらう為に、弱音を吐かずに強くなる為に、身を引いたのじゃ」とも言ってくださった。だからこそ」
「孫六殿。両親共に、拙者の家臣として越前国に居ます。孫六殿の事を忘れた日は、1日たりとて有りませぬ」
「父上と母上が」
「その事は後ほど。さて、改めてじゃが佐吉殿。ここ迄、拙者の母上曰く「人でなし」と言っておる筑前殿の所業を聞いて、どの様な事を思ったのか、お答えいただきたい」
「殿が、殿が、その様な事をしておるなど、し、信じられぬ!!」
「信じる信じないは佐吉殿の自由であるし、それでも筑前殿に仕えたいと思うも、出奔するも佐吉殿の自由じゃか、武士とは他人の家族を離れ離れにして、
家族を壊してまで、出世しなければ、栄達を遂げなければならぬものかを、考えていただきたい」
俺がそこまで言うと、
「う、う、うわああああ!!」
三成は頭を抱えながら叫んで、それ以降は何も話せなくなった。今日はここ迄にして、明日、また話をしてみるか
翌 九月十六日
今日も営業終了後に、三成と再び話し合いです
「さて、佐吉殿。1日経ちましたが、落ち着きましたかな?」
「昨日は、失礼しました。飯もいただき、少しだけ落ち着かせてもらいましたが」
「思いの丈を全て出してくだされ」
「では。拙者としては、殿が初めて仕えた主君であり、殿に出会わなければ一介の寺の僧侶で終わる人生だったので、殿の命令を遂行したいのです。虎之助達が出奔した理由は納得出来ても
やはり、殿の元へ連れて帰りたいのです。なので、どうか!虎之助達をお返しいただきたい!」
そう言って三成は平伏して頼んで来たけど、会話の内容を聞いた俺としては
(なんだ、石田三成が秀吉の忠臣である理由は、秀吉しか知らないからじゃないか!じゃあ、期間限定でも良いから、他の人の所で働かせて価値観を変えたら、
今回みたいな事は無くなるかもしれないな!よし、決めた!殿にこの事を伝えて、色々な家に行かせよう!
俺みたいに出張が多くなれば、秀吉のやり方に違和感を覚えて、もしかしたら出奔する可能性も出てくるし、
とりあえず、その方向で殿に話そう)
「佐吉殿。この件は織田内府様がどうにかするとの事なので、拙者の一存で4人を羽柴家に返す事は出来ませぬ。申し訳ない」
「分かり申した。しかし、織田内府様を説得出来たならば四人をお返しいただけるのであれは、少しだけ希望が見えて来ました」
うん。殿の無茶振りに疲れると思うけど、頑張ってね!
こうして石田三成との話し合いは、終わりました。




