三介様のなさる事と神戸家を見張る目
天正八年(1580年)五月二十二日
伊賀国 城戸家屋敷にて
「それでは城戸殿。先ずは洛中の茶屋に向かいますので」
「うむ。戦で使える武器の作り方を教えてくれて忝い。改めて、娘と共の者達の事、よろしく頼むぞ」
「はい。では」
皆さんおはようございます。伊賀国の有力者の城戸殿の屋敷から洛中の神戸家に向けて出立しました柴田六三郎です
北伊勢への協力をしてもらう交渉を締結させた後、感謝の証と利益増加の為に茶の苗木を渡しまして、ついでに簡易ダイナマイトの作り方も教えて
俺個人の目的の「謀反を考えている人を探して抑える情報網構築要員を期間限定で召し抱える」の目的を達成出来たのですが、
まさかの城戸殿の姫や、その周りの人達が期間限定の家臣になるとは予想外でした。とりあえず、神戸家で働いてもらって、年明けからの事はじっくり考えていきましょう
六三郎がこれからの事をぼんやりと考えながら京へ向かっている頃、北畠家では
「何故、儂が三七如きに負けておるのじゃあ!お主達、ちゃんと働かずに、手抜きをしておったのだろう!滝川!答えよ!」
信雄が家臣の滝川に詰め寄っていた。しかし、滝川は、
「三介様。我々は今までどおりの内政しかやっておりませぬ。それに、三介様自身が「無理に新しい事をせずとも我々の勝ちは揺るがぬ。いつも通りで良い」と、仰っておりましたので」
「ええい!口答えするな!それよりも、三七は北伊勢の全ての家の協力を得て五百貫もの儲けを出したそうじゃ!
同じ事を儂達もやるぞ!滝川、南伊勢の諸家へ協力する様に命令して来い!儂の書状が必要ならば書いて渡す!」
信雄がそこまで言った後、滝川は
「三介様。拙者は、前年に三七様と争う事が決まった時に、今の三介様と同じ事を献策しました。それを「その様な小賢しい事をせずとも、我々の勝ちは揺るがぬ」と言って却下したのは、
他ならぬ三介様ですぞ?そもそも、南伊勢の諸家に対して普段から高圧的な態度で接しているのに、何故協力してもらえると思うのですか」
冷静にツッコミを入れる。しかし信雄は
「ええい黙れ!言う事を聞かぬ家には武力で言う事を聞かせたら良いではないか!」
と命令する。それでも滝川は
「三介様。殿は「武力を使う事は禁ずる」と仰っておりましたぞ。これでもしも武力を使って、それが殿に露見したならば、
三介様は切腹を申しつけられる可能性が高いですが、それでも武力を使うのですか?」
冷静な口調の正論で返す。言葉に詰まった信雄は
「ええい!三七のせいで儂のやりたい事が出来ぬ!領民達から取り立てる分を増やせ!そうすれば、三七との差を埋められると同時に、越えられよう!」
増税する様に命令するが、これも滝川は
「三介様。今は六公四民で取り立てているのです。更に領民の取り分わ減らしたら、一揆が起きてしまいます」
「一揆が起きたなら、武力で鎮圧したら良いではないか!その様に気弱な事では」
「殿から「武力を使うな」と言われた事を、もう忘れたのですか!」
滝川の一喝に信雄は黙るが、滝川は続ける
「そもそも、年明けから出稼ぎに行く領民が増えておる事を三介様はご存知ですか?これは、南伊勢に居たままでは生活が苦しいと判断する領民が、
家族の為に堺や熱田の湊での荷役を始めとした仕事を求めて出稼ぎに行くのですぞ。それは」
「もう良い!!誰ぞ、北伊勢の様子を見て来い!お人好しの阿呆が秘密を漏らすかもしれぬ!滝川、誰か動かせ!早くせんか!」
「かしこまりました」
滝川はそう言って、大広間を後にした。その後、他の家臣達に信雄と話した内容を伝えたが
「やはり、状況を分かっておられぬな」
「もう期間が半年も無いのに、今から同じ事をやろうと思うだけでなく、誰かが秘密を漏らすと思っているとは」
「これが一部の御重臣から言われておる「三介様のなさる事」か。一応、やるだけやってみますか」
「まったく、領主になったからと言ってすぐに領民が従うわけではない事をいつになったら覚えるのやら
だが、それでも何もしなければ領民が苦しむのも事実。儂と何人かで見に行ってみよう」
言葉の節々に「やるだけ無駄だけど、やってみるか」が滲み出ているが、滝川は北伊勢に偵察に動く事を決めた
北畠家の家中が危うい状況の中、六三郎達は神戸家に到着していた
天正八年(1580年)六月十日
山城国 洛中
「三七様。戻って参りました!」
「六三郎殿!幸田から文が届いておるぞ!見事に大役を成し遂げてくれた!あの城戸家の協力を得るとは!誠に、誠に!見事な働きじゃ!感謝いたす!」
皆さんおはようございます。神戸家に戻って来ました柴田六三郎です。到着早々に三七様から手を握られてお礼を言われております。あまり外で目立つのもよろしくないので
「三七様。その事の細かい話は店を閉めてからお話しますので」
「う、うむ。それもそうじゃな。ところで、出立した時より人数が増えておる様じゃが?」
「それも含めて、お話しますので」
そう言って三七様には納得してもらって、営業終了後
「それでは六三郎殿。話してくれるか」
「はい。先ず、伊賀国の城戸家からの協力を得る事に成功し、感謝の証として茶の苗木をお渡しすると同時に、滋養豊富な土の作り方を教えましたところ、
城戸家当主の陸奥守殿から「娘を含めた一部の者達を連れて、日の本の色々な場所を見せてくれ。何なら噂の茶屋で働かせても構わない」と言われまして、その流れでなんですが、雷花殿。ご挨拶を」
「はい。城戸陸奥守の娘の雷花です。これからしばらく六三郎様にお世話になります。勿論、こちらの神戸家でも働きます」
「城戸殿の姫君ですか。手伝っていただけるとは、有り難い!実はな、六三郎殿が交渉に行っていた五月は何も無かったのだが、実はここ最近、神戸家の周辺を
見張られている様な気がしてな。物取りの機会を狙っておるのか、それとも別の事なのか分からぬが、
気をつけるに越した事はないからな。明るい時しか菫や雪達の女子は働かせてやれない。雷花殿も手伝ってくれるのは有り難いが、少ししか働かせてやれぬ。誠に済まぬ」
と三七様は雷花に頭を下げる。それを見た雷花は、
「ふふふ。六三郎様が屋敷で仰っていたとおりのお人ですね、三七様は。六三郎様が「三七様は、人に対して「あれをやれ」や「これをやれ」と言わない、
更には自ら働く優しいお方」であると伝えられておりましたが、まさにその通りですね。改めて、六三郎様に従っていたら、面白い日々が過ごせそうです」
と、肝の座った言葉を言って来ました。空気か読めないとは違うかな?それよりも、
「三七様。拙者の護衛の為に来た源太郎と喜三郎を当面の間、周囲の見廻りに使います。銀次郎達も同じく
此処で店を開く時間を短くしたり、閉めてしまっては北畠家に追い抜かれてしまいますので」
「うむ。だが、皆の安全が最優先じゃ。そこは忘れないでくれ」
「ははっ」
「うむ。それでは明日から六三郎殿も働いてもらうぞ。今日はゆっくり休んでくれ」
と言われたので休ませてもらいますが、アホボンが刺客を差し向けたのか?これは早速、雷花達の本来の仕事をやってもらう事になりそうだな