中間報告の結果
天正八年(1580年) 三月三十日
美濃国 岐阜城にて
信長は上座に座り、信雄と信孝の二人は平伏していた。今日はこれまで半年間の儲けを確認する場だったので、2人は緊張していた
「さて三介と三七よ!伊勢国の統治をかけた争い、先ずは半年の成果として帳簿を見せてもらおう!どちらが先に見せるのじゃ?」
「父上!拙者から見せましょう!三七に圧倒的な差を見せて、三七の我儘に付き合わされておる領民を解放してあげましょう」
「だ、そうじゃ。三七は後に見せる事で良いか?」
「後で構いませぬ。驚きは後の方が大きくなるものですから」
「そうか。ならば、三介の帳簿から見るか、どれ」
信長は信雄の帳簿を開くと、一枚一枚じっくりと確認する。時間にしておよそ1時間半。そして、全てを確認すると
「三介よ!半年で儲けが二百貫とは、かなり頑張ったのか?」
「いえいえ!北畠家の領地は広大で、湊も大きいのですから、いつもどおりの内政を家臣にやらせた結果です。領主自らが働くなど、小さい領地ならまだしも
十万石を超える領地を持つ領主がやるべきではないと思っておりますから。まあ、三七には理解出来ないでしょうが」
「三介よ。要らぬ言葉を使うな!儂は内政の結果のみを見ておる」
「これは失礼」
「三七よ。それでは、お主の帳簿を見せてみよ」
「ははっ!こちらです」
信孝は信雄の帳簿よりも分厚い帳簿を信長に渡す。信長は、その帳簿をじっくりと確認する。信雄の時より時間をかけて見る事3時間。全てを確認し終えると
「三七よ。この半年の儲け、神戸家だけで出したわけではあるまい。説明せよ」
「はい。父上が拙者を手助けする為に与力の柴田六三郎殿の「北伊勢の全ての家に協力してもらう」策を、
懇切丁寧に、北伊勢の全ての家に話すと同時に、田畑の改善と、新たな銭の種を教える等を行なった結果、
北伊勢の諸家の儲けを神戸家に足す事に協力を得たから、そして、拙者も六三郎殿と共に働いたからにございます。その結果が帳簿に出ております」
「ふっ。皆と共に足掻いた結果が、半年で五百貫の儲けとは、見事じゃ」
信孝の結果を聞いた信雄は、信長の前である事を忘れて、
「う、嘘じゃあ!あの様な小さい領地で、その様な儲けが出るわけか無い!手助けする者の知恵を借りて、周りの者の儲けも足すなど、卑怯ではないか!恥ずかしくないのか!」
信孝を攻めた。その様子に信長が
「三介!」
大声で信雄を諌める。その声に信雄が止まると
「三介よ、儂は前年にお主に聞いたぞ!「三七に手助けする者が居ても、問題無いな?」と。お主はそれに対して「問題無い」と言い、儂は確認の為に「そんな事は言ってないは聞かぬぞ」と伝えたぞ」
「し、しかしですな!」
「まだ言うか!貴様、儂をなめておるのか!?言葉を二転三転させる者が人の上に立つなど、言語道断!この場で斬ってくれよう!」
信長が刀を抜こうとすると、側に居た信忠と蘭丸が
「父上!落ち着いてくだされ!」
「殿!刀をお納めくださいませ!」
信長を止める為に、信忠は後ろから羽交締めで、蘭丸は前からタックルの形になる。そこまでしないと信長が止められない事を見た信雄は
「も、申し訳ありませぬ!父上、何卒、何卒、ご容赦を」
と、平伏して命乞いをした。その様子に信長は頭が冷えたのか
「このたわけが!自らの負けを認めて改善する事も考えずに、相手を罵倒するばかりとは!
秋の収穫が終わる霜月に最期の儲けの確認を行なう!その時までに、三七の儲けを超えられる様に精進せよ!」
「ははっ!」
「さっさと戻らんか!」
信雄を諌めて、大広間から追い出した。残った信孝に対しては、
「三七よ。儂は良くてお主の儲けは三介と同じくらいだと思っていたが、倍以上の儲けを出すとはな」
「拙者ひとりが頑張ったわけではありませぬ。六三郎殿の提案で、領地の物を洛中の神戸家で売り、北伊勢の諸家の儲けが増えた事を実感したからこそ
更に協力してくれるのですから。誰ひとり欠けても、この儲けは達成出来ませぬ」
「領地の者達の頑張りが有る事を自覚しておるならば、何か言わずとも大丈夫そうじゃな。だが、油断大敵じゃぞ!気を引き締めて精進せよ!」
「ははっ!」
「うむ。それでは三七も戻って良い」
「ははっ。失礼します」
信孝が大広間を後にした事を確認した信忠が、
「父上。三七の様子が前年とは比べ物にならない程、自信に満ち溢れているのですが、何かありましたでしょうか?」
「恐らく、新しい嫁を得た事じゃろう!村井からの報告では、内蔵助の嫁の妹を一目見たら惚れたそうじゃ
しかも妹の方も三七を一目見たら惚れたらしいからな。その様にある意味運命的な出会いをした女子を嫁にしたのじゃ。色々と自信もついてきたのじゃろう」
「まるで別人の様ですが、それは良い事であり、兄として嬉しい限りですな。同じ事が三介に起きると思えない事は残念ですが」
「こればかりは、儂達がどうこう出来る事ではないからな。それよりも勘九郎!松の体調は大丈夫なのか?」
「はい。いつもどおりに過ごせております。このまま何もなく、子が産まれてくる事を祈っております」
「今年は勘九郎に子が産まれて、来年か再来年には三七に子が産まれているであろうから、まだまだ頑張らねばならぬな」
中間報告の場で苛立ちを見せた信長だったが、信忠の子の誕生と、信孝夫婦の未来に少し浮かれていた