閑話 嫡男の決断と主君の心境
天正七年(1579年)二月二十七日
美濃国 岐阜城にて
時と場面は少し戻り、信長に光秀から文が届いた当日、
「お呼びですか父上?」
信長から呼び出された信忠は、何も聞かされていない為、最初に質問した
「うむ。勘九郎よ!お主に全てを決断させたい事を、六三郎が持ってきたぞ!」
「また、あ奴は面白い事といいますか、周りを巻き込む事を起こしたのですか?」
「まあ、そんな感じじゃ。改めてじゃが、勘九郎!」
信長が姿勢を正すと、つられて信忠も姿勢を正す
「今から話す事を良く聞き、お主の判断で行動せよ」
「はい。お聞かせください」
「六三郎が、儂と二郎三郎の話し合いで、岡崎城及び三河国の財政改善に行った話は覚えておるな?」
「はい。確か、前月に財政改善を達成して、美濃国の十兵衛に挨拶してから、中山道を通って、越前国の権六の領地に戻ると文が届いておりましたな」
「そうじゃ。そこまでは何も起きなかった。だが、その十兵衛に挨拶に向かう道中、六三郎達一行が、
旅の一行に助けを求められた。その一行は、信濃国から美濃国へ入る時、武田に追われていた。
その武田を撃退して、六三郎達は旅の一行を保護したのだがな」
「はあ。六三郎は、相変わらず訳ありな者を引き寄せますな」
「此度の者達は、訳ありも訳ありじゃ!先ず、その者達は武田を出奔して来たのじゃ。その内訳として、
現在、六三郎の家臣として働いておる山県源四郎の弟妹達、つまり、赤備えの大将で武田の重臣だった、山県の子供達と、信玄坊主の実の娘で、お主と婚姻予定だった、松姫じゃ!」
「え!?ち、父上!その話は誠ですか?」
「誠も誠じゃ!一行を保護した六三郎達は、十兵衛の屋敷で数日、身体を休ませてから、権六の領地に出立したが、勘九郎よ
十兵衛の領地は、美濃国と信濃国の境目に位置しておる。そこから、権六の領地の中心である越前国の敦賀まで、何日かかると思う?
しかも、雪が少なくなって来たとはいえ、まだ冷える時期じゃ。いくら六三郎が賢い若武者であっても、
自身を含めて、十四名もの一行を飢えさせずに、安全に敦賀まで連れて行けると思うか?」
「それは、無理では?休みなく歩いても、弥生を過ぎてしまうと思いますが」
「ならば、どうする?」
「どうするとは?」
「お主も正直ではないのう!最初に儂は、「お主に決断させたい!」と言ったのだぞ?それならば、勘九郎!お主が一行を保護する為に動くのか否か?
を、儂は聞きたい!儂は何も命令せんぞ!勘九郎!お主が決めよ!」
信長に全て言われて信忠は、しばらく考える。そして、
「父上!拙者は」
信忠の決意表明の前に、少し沈黙が流れる。しかし信忠は
「一行を保護してやりたいと思います!六三郎に助けられた事が、偶然か否かは分かりませぬが、
それでも武田の一族の松姫や山県殿の子達が、武田を出奔するならば、助けてやりたいと思います」
「勘九郎が決断したならば、儂は止めぬ。幸いにも十兵衛は、権六にも同じ内容の文を出しておる
距離の問題で、勘九郎が先に動けるのだから、一行を先に見つけられるかもしれぬし、権六の手勢と共に探してからでも良かろう
幸いな事に、美濃国内に敵勢力は居ない。それに本願寺側も、まともに動けぬ。此処まで言えば、後は分かるな?」
「「周りの事など気にせず探せ!ですな」申し訳ありませぬが、見つけるまでは戻りませぬ!手勢として、二千人は使います!なので、しばらく拙者は岐阜城に戻れませぬ。御免」
信忠はそう言って、大広間を後にした。信忠を見送った信長は、
「まったく、我が子ながら腹の内を見せぬ。のう帰蝶」
「ふふふ。殿。殿の子であり、殿が作り上げる天下を担う覚悟が出来つつあるからこそ、腹の内を見せないのでは?」
「それならば、喜ぶべきか。まあ、勘九郎が松姫と文のやり取りをして、惚れておる事は知っておるから、
少しばかり焚き付けたのじゃが、あそこまで冷静ならば、そろそろ家督を譲っても良いかもしれぬな」
「殿がそう決断なされたのならば、私は従いますが、家督を譲った後は、如何なさるおつもりで?」
「日の本全ての勢力が織田家に臣従してないならば、戦場に立つが、臣従したならば、権六の領地に行って、
六三郎の飯でも食べる日々を過ごすとでもしようかのう?それこそ、権六の領地は身体を鍛える場所も多く作られておる様じゃから」
「ふふ。殿、まだまだ先の話ですが、嬉しそうな顔になっておりますよ」
信忠を焚き付けるつもりが、冷静だった事に信長は、家督を譲る事も真剣に考えだした。




