母は夫婦に同情する
お袋が興奮しない様に、岸さん夫婦に説明してから、対面させると、
「六三郎様に三河国で召し抱えていただきました、岸三之丞教明です」
「嫁のかえでです」
「六三郎の母の市です。六三郎から表向きには話せない事があると聞きましたが、どの様な事でしょうか?」
「はい。我々が六三郎様に召し抱えていただいた理由は、羽柴筑前に奪われた我が子を取り返す為です」
「何と!あなた達夫婦は、私と同じ様に子を羽柴筑前に奪われたのですか!」
「母上。落ち着いてくだされ」
「あ、あら。すいません。それで、三之丞とかえで、どの様に筑前に奪われたのですか?」
「はい。実は我々は五年前まで、羽柴家に仕えていました。その時、子の孫六も共に仕えておりましたが、
孫六に何か感じたのか、重臣の加藤某の猶子にすると言って、強引に奪っただけでなく、孫六が我々と会って里心が出ない様に、我々を長浜城から放逐し、
近江国から追放したのです。それからは生まれ故郷の三河国で過ごして、いつの日か孫六を」
そこまで言うと、三之丞は泣いていたし、かえでも泣いていた。2人を見たお袋も、泣いていた
「三之丞、かえで。今まで良く耐えましたね。これからは、兄を通じてになりますが、出来るかぎり早く、
あなた達の子の孫六を返す様に、圧力をかけます。その為にも、六三郎。あなたも出世しなけれはなりません。良いですぬ?」
「は、はい」
「筑前に、いえ、あの猿に子を奪われる苦しみを負うのは、私だけで良いのです」
お袋が泣きながらそう話すと、
「あの奥方様。失礼ながら、奥方様の兄君は、羽柴筑前をどうにか出来る権力が有るのですか?」
「あら。六三郎はその辺りを話していなかったのですか?ならば、私から話しますが、私の兄は、羽柴筑前の主君であり、織田家当主の織田右近衛大将です」
「え?で、では奥方様は勿論ですが、六三郎様は織田家の一門に連なるお方なのですか」
「まあ、そう言う事になりますね。私は六三郎の父の柴田左京様と子連れ再婚同士ですが、六三郎と娘達の後にも娘が産まれて、もうすぐ末の子が産まれます
左京様は今年で五十九歳で、私は三十三歳なのに、まだまだ子作りが出来るのですから。あら、話が逸れてしまいましたね。ほっほっほ」
お袋が話を少し脱線させて、2人をリラックスさせようとしてるけど、2人は驚きで固まっていた
「あ、あの奥方様。美濃国で六三郎様のお父上を見ましたが、あれ程の逞しいお身体で、来年還暦とは、誠なのですか?それに、奥方様が我々夫婦と同い年という事にも驚きなのですが」
「ほっほっほ。最初は私も驚きましたが、六三郎が昔から推奨している、「時々は獣肉を食べて、しっかり身体を動かして、
長い睡眠を取る」を暮らしの中に取り入れたら、三十代になっても子を産める体力が出来ましてね
二人は私と同い年の様ですから、六三郎の推奨する暮らしに慣れたら、二人目も出来る可能性が高いですよ」
「は、はあ」
「母上。そろそろ話を戻してください」
「そうでしたね。改めてですが、三之丞、かえで。私は柴田家に嫁ぐ前は、現在羽柴筑前が治めている北近江を治めていた浅井家に政略結婚で嫁いでおりました
当時の夫の浅井備前様には側室が居て、その側室が嫡男を産んでおりましたが、私は娘達と分け隔てなく育てておりました。
ですが、兄と備前様が手切れとなり、戦となって、浅井家は滅亡しました。その時、筑前は先陣を任されていただけでなく、浅井家嫡男の満福丸を見つけて、
兄上に引き渡さずに、磔にして槍で串刺しに処刑したのです。元服もしていない、当時九歳の幼子を。
それ以来、私は筑前を憎んでおります。だからこそ三之丞、かえで。あなた達の気持ちは胸が痛むほど理解できます。今すぐに、とは言えませんが、
どうにか、兄上にこの事を伝えます。なので、待てますか?」
「「はい」」
どうにかお袋が興奮しないで、説明出来たかな。これで親父は、あまり期待出来ないか。これから北陸に進軍するからあれこれ考えさせるのは良くないし
やっぱりお袋から殿に話してもらうのと同時進行で、うちに出奔する様に仕向けるか?
う〜ん。ここで六三郎の意識は切れた。いつの間にか寝落ちしていた様で、それに気づいた市は
「あらあら六三郎。座ったまま眠るなんて珍しい。二人共、六三郎を私の膝にゆっくり眠らせてください」
言われた三之丞とかえでは、ゆっくり六三郎を動かして、市の膝に頭を置かせた
その状態で市は、
「三之丞、かえで。ありがとうございます。六三郎は私と血の繋がりは無いですが、私にとってかけがえの無い息子です。これから産まれる末の子が、男児であっても、
それは変わりません。幼い頃から「柴田の神童」と呼ばれたりしていた様ですが、それなのに尊大な態度を取らずに、己の事よりも他者の為に働く六三郎なら、
きっとあなた達の孫六の事も助ける事が出来るはずです。その日が来るまで、六三郎を支えてあげてください
「「はい」」
自分が寝ている間に、こんな会話がされていた事を六三郎は当然知らないし、起きた後も教えてもらえない。
 




