母への土産話
「さて、六三郎。三河国でのお務め、ご苦労様でした。それで、どの様な事から始めたのですか?」
「はい。川岸を爆破させて川幅を広げて、各田畑に水が満遍なく行く様に土地を耕しながら、田畑へ混ぜる滋養が豊富な土の作り方を教えまして、
水を汲み上げられる様に水車を設置して。までは、美濃国でやった事でしたし、三郎様が麦や蕎麦を挽く為の小屋を作れないかと聞いてきたので
いくつかの水車の側には専用の小屋を作りました。それと同時に、堤防も作っていました。
三河国にある乙川という川の上流から始めて下流の端までの川沿いで」
「米と麦と蕎麦と野菜だけを売って、僅か一年半で財政改善達成したのですか?」
「いえ。それだけでは、あと数年かかっていたでしょう。財政改善達成出来たのは、松平家の皆様が、
綿花を木綿に加工して、木綿を大量に使った「布団」という品を畿内で売って、それがかなりの銭になった結果、一年半で財政改善達成出来たのです」
「松平家の方々も、六三郎におんぶに抱っこにならずに、自らも頑張ったから、一年半で財政改善出来たのですね」
「はい。ただ、その間に浜松城に行く様に殿からの命令がありました」
「何故ですか?兄上と徳川様の話し合いで、三河国で働く事が決まったのに、そこから遠江国へ行かす理由は?」
「理由は、於義伊様と於古都様が美濃国に居た時と比べて、飯を食べなくて心配だから、拙者を寄越してくれ。と徳川様が殿にお願いしたからです。
いわば、徳川様の親心が理由だから。とでも言いましょうか」
「それは確かに、心配になるから分かりますが。それで、二人の事はどの様に解決したのですか?」
「はい。食事時を美濃国に居た頃の様に、大人数で騒がしくしたら、二人共、美濃国に居た頃の様に沢山食べていました。恐らく、美濃国に居た頃は
食事が楽しかったのに、遠江国へ戻ったら一緒に食べる人が少なくて、食事か辛かったのでしょう」
「まあ。でも、それは茶々達にも起きそうだから、他人事と言えないですねえ。あの子達も六三郎が居ない時は、食事をあまり食べてなかったですからねえ」
「それに関しては、嫁入り前ならば拙者が対応出来ますか、嫁入り後は嫁ぎ先に頑張ってもらうしかないですので」
「そうですねえ。まあ、それはそれ。として、その時に考えましょう。それで、浜松城にはどれだけ居たのですか?」
「1ヶ月程です。そう言えば、岡崎城と浜松城で、宇治丸を食べやすく料理しました」
「お待ちなさい六三郎。宇治丸とは、あの蛇みたいな宇治丸ですか?」
「はい」
「それは、兄上も権六様も食べた事があるのですか?」
「いえ。初めて食べたのは、竹千代様です」
「六三郎。私も六三郎の宇治丸料理を食べたいのですが」
「母上。今の時期の宇治丸は脂がのっているので、腹を痛めてしまう可能性があります。作るならは、せめて出産後に作ります」
「仕方ないですねえ。分かりました。出産後の楽しみに取っておきましょう。それで、えーと、三河国の財政改善をした後からでしたね、その後はどの様な事があったのですか?」
「三河国から美濃国を通って帰ろうとしたら、信濃国から、源四郎の弟妹達と武田の姫君の松姫様が、武田の者達に追われていて、我々に助けを求めて来たので、
源次郎達が暴れて、武田の者達を残り1人になるまで切り捨てて、弟妹達と松姫様を保護して、明智様の屋敷で数日世話になりまして、そこから越前国を目指していたのですが、路銀と食糧か底を尽きましたので、
中山道にある美濃屋という旅籠で、路銀稼ぎの為に1ヶ月働いておりました。そこに勘九郎様と父上が拙者達を見つけて、
父上は勘九郎様と松姫様、そして、松姫様の侍女を務める源四郎の妹達を連れて岐阜城へ向かいました」
「改めて話を聞くだけでも、大変な帰り道でしたね。六三郎、よく無事で帰って来ました」
「はい。只今戻りました。ただ」
「ただ?なんですか?」
「保護した者達の中の1人が、殿しか処遇を判断出来ない者なのです」
「どういう事ですか?」
「保護した者の中に、虎次郎と名乗る幼子が居るのですが、その子は武田の当主、四郎勝頼の側室の子で、
武田家中の勢力争いに巻き込まれない為に、四郎勝頼が松姫様に託して、逃げていたのです」
「それは、確かに権六様が越前国へ連れて来ても、処遇が難しいですね」
「はい。ですが、拙者達を見つけた美濃屋で、勘九郎様が松姫様に嫁入りを求める時に、
父上を説得する。と言っておりましたので、どうにかなるのでは?とも、思っております」
「あらあら。明智殿からの文で織田と武田が手切れになる前は婚姻予定だったとはいえ、そんな熱烈な嫁入りを求めるとは」
「ええ。あの時の勘九郎様は、とても格好良かったです。それに、松姫様が嫁入りを受け入れた時、父上は大声で泣いて喜んでおりました」
「ふふ。権六様らしいですね」
「はい。これで、拙者の土産話のうち、聞かせても大丈夫な話は終わりなのですが」
「六三郎。話せない土産話があるのですか?」
「はい。今の母上に話したら、興奮して腹のやや子に影響が出るかもしれませぬ」
「構いませぬ!もしも、柴田家で周知すべき話ならば、知っておくべきです」
「分かりました。ですが、母上が興奮していると判断したら止めますので」
「それで構いませぬ」
「では、その話の当事者を呼びますので」
とりあえず、お袋には話しておこう。もしかしたら、殿を通じてどうにかなるかもしれないし。