子供の笑顔を見た後に
蒲焼きと白焼きの両方を作りまして、大広間に持っていきましたら、竹千代様どころか三郎様も徳姫様も
ソワソワして待っていました。きっと、蒲焼きのタレの香りだろうな。
それなら早く食べさせてあげようじゃないか。
「三郎様。こちらが、竹千代様が食べられるであろう、宇治丸の料理です」
「おお!この香り!こちらまで漂って来ておった香りじゃ。竹千代」
「父上!早く食べたいです!」
「待て待て竹千代。父が先に味見を」
「三郎様」
「石川。如何した?」
「何も無いでしょうが、念のため毒味を」
「これ!六三郎殿は儂達の為に働いてくれておるのだから、その様な事は失礼ではないか!」
「三郎様。拙者の事は気にせずに、あくまで武家の作法のひとつとして、毒味をやってくだされ」
「そう言ってくれて、忝い。石川、毒味を頼む」
「ははっ」
で、石川殿が白焼きから食べましたが、
「こ、これは!」
「何じゃ石川?」
「三郎様!拙者、四十歳を超えて、これ程美味い宇治丸を生まれて初めて食べました!」
「それ程か!もうひとつも早う毒味を頼む」
蒲焼きを食べる様促されて食べると
「おおお!」
と、絶叫しまして
「思わず叫んでしまう程の美味さか!竹千代、しっかり食べよ」
「はい!」
大丈夫だと判断した様ですので、
改めて竹千代様のお食事ですが、
「これこれ竹千代。そんなに慌てて食べたら」
「父上!とても美味しいです!この宇治丸ならば、麦飯もおかわりしたいです!」
「そうか!いつも一膳だけ食べて終わるのに、今日はおかわりをするか!うむ。沢山食べよ!」
めっちゃ食べてます。白焼きも蒲焼きも食べて、合計で五杯も麦飯をおかわりして、
「六三郎様!とても美味しかったです!ありがとうございました!」
とても満足した笑顔を見せてくれたので、作って良かったと一安心です。その様子を見ていた三郎様は
「六三郎殿。竹千代の我儘を聞いてもらい、しっかり飯を食べる様にしてくれた事、感謝する!いつもは、麦飯と野菜と味噌汁を出された分しか食べないのだが、
今日は五杯も食べたのは、とても珍しい事じゃ。好き嫌いは基本的に無いはずだから、大丈夫だと思っていたが、この様に食事を嬉しそうに食べるなど、初めて見た」
と、嬉しそうに話してくれました。改めて作って良かった。
ですが、これが更に働かされるきっかけになるとは、この時の俺は知らなかったのです
天正五年(1577年)十二月十日
三河国 岡崎城にて
「六三郎殿。いきなり呼び出してすまぬな」
「いえ。何か治水工事か土地改良に不備でもあったのですか?」
「いや、そのどちらも問題ないとの報告を受けておる。此度呼び出したのは、身内の事なのじゃが」
「身内と言いますと、徳川様に何かありましたのでしょうか?」
「いや、何も無いのじゃがな。六三郎殿。儂は父上と月に数回、文のやり取りをしておるのだがな、
数日前に父上に送った文に竹千代が六三郎殿が作ってくれた宇治丸を食べた事を書いたのだが」
ちょっと待ってください!嫌な予感がするのですが?
「返事の文で、父上は竹千代が飯を沢山食べている事に喜んでいたが、弟と妹が六三郎殿の領地に居た頃と比べて、
全く飯を食べなくなったそうじゃ。その事で、父上から春頃まで六三郎殿を浜松城へ寄越してくれと書いておったのじゃ」
やっぱり働かされるじゃねーか!いやいや、俺は殿と家康の話し合いで、岡崎城に出張が決まったんだから、勝手なお願いでは流石に動けないぞ!
「あの、三郎様。徳川様からのお話ですが、拙者個人で勝手に動く事は」
「儂も六三郎殿と同じく、義父上から了承を得ない事にはと父上に文を出したが、父上は既に義父上に話をしておった。義父上から先程、文が届いておる。読んでくれ」
で、三郎様から渡された文を読むと
「六三郎へ。婿殿から話を聞いているだろうが、お主が保護していた於義伊殿と於古都姫が、浜松城に戻ってから殆ど飯を食わなくなったそうじゃ。
お主が領地で食わせていた料理で舌が肥えたのか、それとも別の理由があるかは分からぬが、二郎三郎から何とか出来ぬかとの頼みじゃ
そこで、岡崎城の財政改善をしばらく休んでも大丈夫と婿殿が了承したならば、浜松城へ行き、何かしらの手助けをして来い」
と、ありました。俺、越前国へ行くのいつになるのですか?
「三郎様。殿からは「三郎様が了承したら」という条件付きで浜松城へ行ってこいとあります」
「うむ。済まぬが弟と妹が飯をちゃんと食べる様に、よろしく頼む」
春まで休めると思ったんだけど、神様は俺に休むなと言ってる様です。