訓練と学びと母の慟哭
「ろ、六三郎殿。誠にこの坂道を走るのですか?」
「ええ。赤備えの皆は、毎日走っております。そして、その後に身体を鍛える動きをやってからは、
内政の基礎を学ばせたり、軍略を含めた色々な教養を学ばせております」
「この坂道を走ってから」
「口で説明するよりも、動きを見せた方が早いと思いますので、しっかりと見て覚えてくだされ」
「で、ではお願いします」
「分かりました。では皆、始めよ!」
「「「ははっ!」」」
で、赤備えの皆を走らせて、輝一郎達兄弟を走らせて
「さ、市兵衛殿。今見た様に、上りは出来る限り全力で走って、頂点で折り返して下りはゆっくり小走りで来てくだされ」
「分かりました。では」
で、走りだしまして
「はあ、はあ、はあ。こ、これ、は、い、いち、おう、ふ、くでも、かな、りの、つら、さ、です、な」
初体験だから、息も絶え絶えになるのも仕方ないけど、これで終わりじゃないんだよな
「では、市兵衛殿。次は身体を鍛える動きです。これも、皆の動きを見て覚えてくたされ」
「は、は、はい」
で、筋トレメニューをやってる皆を見せて、
「この4種の動きをやりますが、市兵衛殿は年齢も考えてそれぞれの動きを20回やってくだされ」
「分かりました」
で、これも当然初体験なので、腕立て伏せは
「うおお!う、う、腕が!」
プルプルしながら達成して、腹筋は
「ぎゃああ!は、腹が!」
叫びながら達成して、背筋は
「せ、背中が!背中が!」
一回一回が辛そうですが達成して、スクワットは
「あ、足が!お、重い!くそおおお」
と、叫びながら何とか達成して、それを見ていた赤備えの皆は
「よくぞ達成した!」
「お見事!」
「素晴らしき根性じゃ!」
と、労いの言葉をかけていたけど、市兵衛は大の字になって倒れていた。
でも、本人が希望していたので、
「さ、市兵衛殿。次は理財を学ぶ頃合いですので、辛いと思いますが、理財と内政の指導役の元に参りましょう」
「は、はい」
ボロボロな感じだけど、何とか自力で歩いて源四郎の元に連れて行く。あ、遅れましたが先月に源四郎を召し抱えました
で、その源四郎の居る部屋では、既に授業の準備が完了してました
「源四郎。今日からしばらく、小吉と輝一郎兄弟と共に、此方の福島市兵衛殿が理財を学ぶ事になった。
儂より歳上だが、理財を学ぶ機会が無かったそうじゃから、じっくり分かりやすく教えてくれ」
「分かりました。ですが若様、何故こちらの福島殿は、これ程疲れておるのですか?」
「赤備えの皆と同じ訓練で走るのは一往復、4種の動きは20回やって来たからじゃ。まあ、最初じゃ。基礎的な部分からやってくれ」
「分かりました」
という事で市兵衛達を源四郎に預けて、俺は台所に向かっている途中にお袋から
「六三郎。誰か客人が来ているのですか?」
と、聞かれたので
「はい。羽柴様の家臣で、伊都殿の息子とその付き添いの方が」
「六三郎!今、何と言いましたか!?」
え?お袋、何か怖い顔になっているんだけど?
「あの、母上?」
「答えなさい六三郎!伊都の息子とその付き添いの者は、何処の家の家臣なのですか!」
「羽柴様の家臣ですが」
俺がそう言うと、お袋は
「六三郎。私の部屋に来なさい」
顔だけでなく、声のトーンまで怖くなった。とりあえず部屋に行くしかないので、お袋の後を着いていく
で、お袋の部屋に入ると、
「六三郎」
お袋は姿勢を正して、俺に向き合った
「はい」
「あなたに確認します。羽柴家と積極的に交流しているのですか?」
「いや、特に交流は無いですが」
「本当に交流は無いのですね?」
「はい」
「ならば良いですが、それで伊都の息子や付き添いの者はいつ頃、帰るのですか?」
「具体的には聞いてないですが、羽柴様は2ヶ月後に再度出陣するとの事なので、それに間に合う様な日程だと思いますが」
「六三郎。権六様から聞いていると思いますが、私は以前、北近江を治めていた浅井家に嫁いでいました。
そこで茶々、初、江を産み、育てていました。前の夫、浅井備前様は側室も居て、その側室が男児を産んでも分け隔てなく茶々達と共に育てていました
ですが、備前様が三郎兄上との同盟を破棄した結果、戦になり、浅井家は滅亡して、私と茶々達は城から落ち延びました
ですが、戦の混乱に乗じて逃げたその男児は、見つかってしまい、あろう事か、あの猿の家臣達に串刺しで殺されたのです!
六三郎。その男児の名は満福丸といい、歳はあなたと同い年でした。生きていたら、あなた程の若武者になったかは分かりませぬが、それでも私は茶々達と同じ、
備前様の子として育てていたでしょう。それを、あの猿が!しかも権六様に聞いたら、浅井攻めの先陣は、
猿が切ったと言っていました。それを聞いた時、私にとってあの猿は憎しみの対象でしかありません!
それに、智から聞きましたが、長男を無理矢理連れ去る形で猿の養子にされたと!そして、次男の小吉まで奪われたくないから、
柴田家の女中として仕えたとも。六三郎!此処まで言えば、賢いあなたなら分かりますね」
「母上。早く、その者達を帰せと仰っている事は分かりました。ですが、来たその日に帰れと言うのは」
「六三郎。伊都の息子と付き添いの者は、何歳ですか?」
「え?えーと確か、拙者の六歳程上かと」
「ならば、浅井攻めには参加してないですね。六三郎、その者達が帰る日になったら、私に伝えなさい。
是非とも猿に届けて欲しい物を渡しましょう」
「そ、それは」
「よいですね?」
「はい」
お袋の顔は怒りを通り越して、恨みみたいな物が出ている顔をしていた。俺がどうこう出来る事じゃないから、流れに任せよう。




