武田の内情と新たな命の誕生
「殿。源四郎を連れて来ました」
「山県源四郎にございます」
「うむ。源四郎よ、面を上げよ」
「ははっ」
あ、殿が真剣な顔になってる。まあ、それもそうか。今から源四郎に聞くのは、武田を弱体化させるヒントだもんな。
「さて、源四郎よ。六三郎からの文で見たが、二ヶ月前までは城代という重要な役職に就いていたそうじゃが、お主やお父上が城代を務めていた江尻城周辺は
湊がある事は知っておる。だが、莫大な銭を交易だけで産み出す事は出来ぬはずじゃが、どの様にして武田に銭を納めていた?」
「無駄な銭を出さない為に、城内では木綿の物を着たり、麦飯を推奨したり等、倹約に務めておりました。
そして、織田様もやっております塩の生産や、干した魚を売る為に領民達に漁業をやらせました
最初は武田に納める銭と年貢米だけだったのです。それが、父や馬場殿と言った先代、先先代から武田に仕えていた方々が戦で討死して以降、
銭の要求額が増えて来ました。このままでは領民の暮らしが立ちいかなくなると思って、武田からの要求は拒否していたのですが」
「最早、断り切れぬところまで来たと」
「はい。ですが、年貢米を回収するまで城代をやらないと、領民達が身包みを剥がされてしまったり、
住む家を奪われてしまうかもしれぬと考えて、神無月までは耐えたのです。ですが、武田からの
「前月の五割増しで銭を出せ」の命令に、張り詰めていた物が切れてしまい、出奔して今に至ります」
「そうか。話は変わるが、お父上を殺した織田や徳川への恨みは出ておらぬのか?」
「最初の頃は有りました。ですが、父からの文が届いて読んでみると、四郎勝頼が勝てない戦に挑んだ、いや、挑まざるを得ない程、当主としての立場が脆弱で
その事で父や馬場殿や内藤殿といった昔からの忠臣以外は、当主と認めておらず、結果を出そうと躍起になった結果が、あの戦ですので織田様や徳川様よりも、
その者達に恨みが出ております。勝敗は時の運もありますが」
「辛い事を思い出させてすまぬ。改めてじゃが源四郎よ、お主の知っている範囲で良い。武田の内情はどの様な状況じゃ?」
「拙者の知っている範囲ですと、四郎勝頼の周りにいる長坂を中心とする信濃派が、権勢を握っておりますが、その対抗として穴山を中心とする甲斐派が、
虎視眈々と信濃派は勿論、四郎勝頼も追い落とそうと狙っておりまして、とても不安定な状況です」
「ほう。源四郎よ、その穴山という者は、何故、四郎勝頼を追い落とそうとしておる?追い落とそうとするならば、信濃派の者達で良いと思うのだが」
「それは、穴山の母が亡き信玄公の姉だからでございます。穴山は自身が信玄公の甥にあたるから、「武田の家督を継ぐのは自分にすべき」と思っております
その証拠に、父の最期の戦の前に行われた軍議にて、
四郎勝頼を「お館様」と呼ぶのではなく、何度も「四郎殿」と呼んでいたそうです」
「その穴山を始めとする者達を黙らせる為に戦に決したと。そして、その戦で譜代の家臣を始めとした多くの家臣が討死したわけじゃな」
「はい。今のところ、信玄公の弟の逍遥軒が一族の長老として両方を抑えておりますが、それもいつまで持つか分かりませぬ」
「成程。武田家中は割れており、いつ内紛が起きるか分からぬと」
「その内紛が起きない為に尽力するのではなく、内紛に勝利する為に、拙者の様な立場の領地に重税を課すなど、父の最期の文にあった滅亡への一歩であり、
拙者は文の中で父から「武田に仕え続けるも、出奔するも自由にして良い」と言われたので、
不甲斐ない、情けないと言われても仕方ないですが、武田を出奔する事を選びました」
「命あっての物種じゃ。ごちゃごちゃと言ってくるのは源四郎の辛さを知らぬ者じゃ。これからは六三郎に仕えて、山県家の血筋を残す事を優先したら良い」
「そう言ってもらえて、誠にありがたいのですが、父は拙者の弟や妹にも同じ内容の文を送っております。
そして、武田の情報網を作っていた信濃国の一部を治めている真田家にも送っております。もしかしたら、
弟や妹だけでなく、真田家の者達も柴田家を頼ってくるかもしれませぬ」
「だ、そうじゃ六三郎。その者達が来たら、お主はどうする?」
(ちょっと!そんな話は初耳なんですが?源四郎の弟や妹って何人だよ?それに真田家の者達も。何人居る?美濃国の屋敷では、流石に手狭だからなあ、
越前国の領地で屋敷を広く作るか?でも、その前に)
「源四郎。お主の弟や妹を保護したり、真田家を召し抱えたりするのは源四郎の働き次第だと言っておく」
「勿論でございます。粉骨砕身の気持ちで働く所存であります」
「それなら良い。殿、話を遮って申し訳ありませぬ」
「うむ。武田の内情が不安定である事が分かっただけでも、来た甲斐があったというものじゃ。
さて、重い話はここまでにして、六三郎!何か美味い物でも」
と、殿が食事のリクエストを出そうとした時、
「若様!」
源太郎が飛び込んで来た
「源太郎。何か起きたか?」
「光が」
「光がどうした?」
「産気づきました。なので、神棚の有る部屋で安産祈願をさせてください」
「早く行ってやれ!光は初産じゃ、声を掛けてやる事を忘れるな」
「はい!ありがとうございます」
源太郎は俺に言われて走って神棚の部屋に行った。やり取りを終えて、殿を見ると、
「六三郎!儂も神棚の部屋へ行く!案内せい!」
「と、殿!?食事もせずに良いのですか?」
「後で良い!新たな命が産まれる時に、先に産まれた者が無事に産まれて来る様に祈ってやらないでどうする!」
「殿。私も共に行きます」
「兄上。私も行きます」
まさかの帰蝶様もお袋も一緒に安産祈願すると言って来た。ついでだ、源四郎も連れて行こう
「分かりました。では、こちらです」
で、神棚の部屋に案内しましたら
「若様!だけでなく、織田様も御正室様も奥方様、源四郎まで、何か起きたのですか?」
「源太郎!殿達は、お主の子が無事に産まれてくる様に、共に安産祈願をしてくださるそうじゃ」
「一家臣の拙者の子の為に、そんな」
「源太郎。お主の奥方が命懸けで子を産もうとしておる。儂が来た時に産気づいたのも、何かの縁じゃ。
共に安産祈願をしようではないか」
「有り難い御言葉にございます。それでは」
で、俺達全員で安産祈願をやりまして、推定3時間後
オギャアオギャアオギャアと産声が聞こえてきました
「産ま、れた」
源太郎は喜びで動けない様でしたが、殿が
「これ!呆けてないで、我が子と嫁に会って来い!」
一喝したら源太郎は
「は、はい!」
と返事をして、立ち上がった。部屋を出ていく前に殿から
「源太郎!これからは、お主も親じゃ!我が子と嫁に恥じない男になるのだぞ!」
「ははっ!では、失礼します」
源太郎は部屋を出て行った。残った俺達の中で殿は
「うむ!誠にめでたい!めでたいついでに、六三郎!美味い飯を楽しみにしておるぞ!」
どうやら、俺に休む時間は無いようだ。でも、改めてだけど、源太郎と光。おめでとう。




