これやってる人は居ないらしい
さて、パンが焼けるまでのおよそ30分で、栗を処理しないといけない。俺のイメージは、グラタンとかに使われているホワイトソースの栗版。マロンソースとでも言えばいいかな
とりあえず、親父と明智様が頑張って取り出してくれた栗を
「ろ、六三郎!誠にそれを使うのか!?」
「はい。これでないと細かく出来ません」
「そ、そうか。分かった」
殿が驚いて俺に聞いて来たけど、この時代の和菓子職人的な人は、篩を使って裏漉しとかしないのか?
室町時代からあるイメージだったけど、もっと後の時代だったのか?それとも殿が知らなかったのか?
まあ、とりあえず。椿油で小麦粉を炒めて、牛乳で伸ばして、そこに栗を入れて。少しずつ混ぜて伸ばしていくと
「「おお!白かった物が、栗と同じ茶色になった」」
殿と近衛様が驚く程の変化を見せました。甘みは勿論、夏蔦の樹液です。殿は甘党な様で、岐阜城周辺に夏蔦が大量に植えられていたけど、
まさか、この為か?あまり考えてもしょうがないから、スルーしとこう。で、そろそろパンが完成する香りがして来ました。すると、
「おお。この香り、堺で食べたパオンとは違う。織田殿は、このパオンを既に食べておるのですかな?」
「前月に岐阜城で食べました。このパオンは以前食べたパオンより香りも味も別格でした」
「日の本で最初にその様な美味なパオンを」
「近衛殿。それが誠に悔しいのですが、拙者は日の本で最初ではないのですよ。六三郎の親父の権六と再婚したのが拙者の妹の市なのですが、その市が日の本で最初に食べておるのです
その事を妹は文で、これでもかと自慢してくるものですから、六三郎を呼びよせて、再び京や堺で売りたい目的があるならば試食を兼ねて。と思いましてな」
殿。やっぱりお袋に煽られたんですね。水野様と於大様の時もそうだけど、それなりの立場がある人達の兄妹の喧嘩とは違うけど、戦いに俺を巻き込まないでもらえませんか?
で、そんな殿の話を聞きながらパンを回収しまして、殿で試した塩を少量入れたマロンソースも適度な粘り気を出しているので、
パンの中央を切って、マロンソースを入れて挟んで、
ソース無しのパンも出して完成です
「殿!近衛様!完成しました。味の違いを分かっていただく為に中身の無いパオンもお出ししました」
「ほう。六三郎殿は、見事に指定した栗を使ったパオンを作りましたな。ですが、その前に通常の中身の無いパオンを食べてみましょう」
そう言いながら近衛様は、通常のパンを食べだした
「おお。織田殿の言うとおり香りも味も、堺で食べたパオンとは別格ですな。
これは織田殿。あの白い水の様な物を使ったからですか?だとしたら、その正体を教えてくださらぬか?」
「良かろう。近衛殿。この白い水の様な物は、牛の乳ですぞ」
「牛の乳!人が口にしても大丈夫なのですか?」
「六三郎曰く、ちゃんと沸騰させた物は大丈夫だが、絞った後や冷たいままの物は安全性が疑わしいので、
飲まない方が良いと言っておりましてな。どうせならば近衛殿。その沸騰させた牛の乳そのものを飲んでみては」
「確かに興味が出てきましたな。飲んでみましょうか」
「六三郎。牛の乳の入った鍋を持ってまいれ」
殿に言われて、牛乳の入った鍋と掬う為のお玉を付けて近衛様の所へ持って来たら、近衛様はそのまま掬って
「おお。なんと優しい甘さ。そして香りも素晴らしい。これをパオンに使おうと考えるとは、六三郎殿は、賢いという言葉では収まらぬ若者じゃな」
「お言葉はありがたいのですが、近衛様。栗を使ったパオンも是非とも。殿もお待ちしておりますので」
「そうじゃな。織田殿を待たせているとは。申し訳ない」
「あの。殿、近衛様。栗を使ったパオンは丸い皿の物から食していただけますか?」
俺がそう言うと、殿は
「六三郎よ。味に変化を作り出したのじゃな。良かろう。近衛殿。この場は六三郎の申すとおりに食べてくだされ」
「何やら面白い事になりそうですな。良いでしょう。では」
殿と近衛様は、そう言いながら塩無しのマロンソース入りパンを食べる。そして、
「栗そのものが良いという事もあるが、優しい甘みが身体に染み渡る」
「これは、パオンも栗も味と香りが素晴らしいですな。これだけでも充分美味なのに、
もう一つの皿にあるパオンはどれ程の美味か。六三郎殿。食べてよろしいかな?」
「どうぞ」
俺の合図で塩を入れたマロンソース入りパンを食べる2人。すると、
「おおお!なんとも美味な!先程よりも、栗の甘みが強く感じるのに、くどくない。あっさりしておるのに、飽きの来ない味じゃ!」
「六三郎。これは以前と同じく、少量の塩を入れておるな?」
「はい。殿の予想どおりです」
「やはり。小豆を使ったパオンの時も、味の違いの為に皿を二つ使っておったが、此度もその為に使い、
更に美味いパオンを出してくるとは。見事じゃ。改めて近衛殿。六三郎の料理の腕は納得いただけましたかな?」
「いや、もう満足ですぞ!この腕ならば、顕如率いる本願寺の者達も唸るでしょう。本願寺側が六三郎殿が叶わない様な料理人を連れて来ないかぎり、
話し合いは織田家有利になるでしょう。むしろ、本願寺側は寺で出す様な精進料理の可能性が高いでしょうから、六三郎殿の他の料理が来たら、あっという間に皿が空になるでしょう」
ちょっと待った!!とてつもなく嫌な名前が聞こえたのですが?
「あの、殿。近衛様。拙者は本願寺の者達との会食に料理を出すのですか?坊主が納得する様な料理は知らないのですが」
「安心せい六三郎!此度の会食、本願寺側が「獣肉の禁止」を伝えて来たのじゃ。あ奴らが要らぬ物言いをして来ても、その通りに従っただけじゃ。
その上で、あ奴らが唸る料理を出してやれ!お主の腕なら出来ると儂は確信しておる」
「六三郎殿。これ程の美味な料理、しかも見た事も無い料理を作れるのですから自信を持ちなされ!」
「は、はい」
どうやら、俺の料理次第で色々決まるかもしれない様だ。胃が痛くなって来ました。誰か胃薬をください。




