俺の料理で未来が決まる?
天正四年(1576年)十月十一日
山城国 本能寺にて
「さて、六三郎よ。一日経過したが頭の中は落ち着いた様じゃな?」
「昨日は失礼しました」
皆さんおはようございます。殿に京へ連れて来られて2日目の柴田六三郎です。京へ連れて来られて、親父と明智様に会いまして、何やら重要な会食に俺の料理を出せ!
と言われたんですが、正直、何を出せと?粉物ばかり出してたし、粉物は細かい事をしなくても基本的に美味い料理なんだから、どうにかなったけど、
う〜ん。まったくアイディアが思い浮かばない。もっと言うなら、いま居る場所が「あの」本能寺なので、
緊張感が凄いです。本能寺の変が今起きるわけじゃないとはいえど、やっぱり日本史において重要な場所ですから緊張します
で、そんな俺の緊張とは関係なく、殿が課題を言って来ます
「六三郎、此度の会食では、獣肉を使わないと決められておる。その中で、獣肉以外の物ならば何でも良いそうじゃ」
「獣肉以外は何でも。ですか」
「そうじゃ。獣肉以外なら「何でも」じゃ」
なんか殿が含みがある言い方してるな。でも、ぼんやりだけど作る物が見えて来たかも
で、俺がそんな事を考えていると、
「織田殿。お邪魔しますぞ」
殿の知り合いらしき人が入って来た。ガタイ的に細いから武士じゃなさそうだから、商人かな?でも、商人が殿に対して「織田殿」なんて言い方はしないだろうし、
と、俺が疑問に思っていたら、その答えはとんでもない大物でした
「おお。近衛殿ではないか。朝廷の有力者がこの様な場所にふらっと来て良いのか?」
「ほっほっほ。この近衛前久を害しようとする気概のある者が居たら、寧ろ会いたいですな」
まさかの公家の中でもトップクラスの実力者、近衛前久でした。前世で見た歴史小説の中だと、この人次第で朝廷がどちらの味方になるかが決まる程の
重要人物じゃないか。そんな人が、此処に来るのは何故?まさかだけど、例の会食の参加者の1人じゃないよね?殿と知り合いだから、声をかけに来ただけだよね?
※六三郎の希望はフラグになります
「流石、近衛殿。公家にしておくには惜しい胆力ですな。武士の家に産まれていたならば、日の本の半分の国の守護にでもなれたでしょう」
「ほっほっほ。そう言う織田殿こそ、武家ではなく公家の中でも重要な位に就く摂関家に産まれていたら、関白か太政大臣まで登り詰めたでしょうな」
「はっはっは。近衛殿。拙者の性格上、毎日公家の集まりに長く居るのは辛いので、その様な重要な位に居ても、途中で投げ出す可能性が高いので、とてもとても」
「織田殿は謙虚ですなあ。まあ、そう言う事にしましょうか」
会話の内容は重めだけど、敵対している感じはないな。これは単に声をかけに来ただけだな。うん、これは会食に近衛前久は出ないだろう
※六三郎の希望はry
「それにしても織田殿。今回の会食、獣肉を使うなと、あちらさんから言って来たのは良いものの、
織田家に友好的な公家は、以前の会食で食べた、絶妙な歯応えの猪肉のパオンを衣に使って油にとおした物、同じ調理法で猪肉を海老に変えた物といった、
真新しい料理が出ないと残念がっておりましたぞ。自分もその一人ですがな」
「はっはっは。近衛殿。此度、この条件であちらが納得する料理を作り出せる者を連れて来たので、安心を。
それに先程、近衛殿が口に出した料理は、その者が作り出したのですから」
「ほう。それは楽しみですな。それで、その者はどちらにおるのですかな?まさか当日に到着予定ですかな?」
「いや。目の前に居ますぞ?」
「何処に、、、織田殿?まさかと思いますが、この子供、着ている物を見ると元服している様ですが、
この若者が料理した者と仰るのですか?いくらなんでも、それは信じられないのですが」
「近衛殿。疑うのも仕方ないですが、こ奴の作る料理は最初、儂も度肝を抜かれた。
今から何か作らせて、それで判断してくだされ。何か指定はありますかな?」
いや、殿?何でそんなトントン拍子に話が進んでいるんですか?俺の料理より、ちゃんとした料理人の皆さんの作る料理が美味いんだから
「そうですなあ。ならば、秋の味覚のひとつの栗を使ったパオンをお願いしましょうか」
「だそうじゃ六三郎!近衛殿が指定した栗を使ったパオンを作ってみよ。お主が岐阜城で儂に食わせたパオンに使った材料は全て揃っておるぞ」
これは、やらないとダメな様ですね。茹でた栗をそのまま挟んで出すか?想像したら、うん、親父から小言と拳骨を受ける未来しか見えない
とりあえず、パン生地作りの為に牛乳の確認です。
「殿。この」
「六三郎!そこから先は、近衛殿が食す時に説明する。だから具体的な名前は言うでないぞ。
して、どの事が気になっておる?」
サプライズをしたいんですね。分かりました。
「では、殿。この沸騰させないといけない物は、沸騰させておりますか?そうでないなら、更に作る時間がかかります。念の為、沸騰させます」
「うむ。六三郎に任せる」
こうして、六三郎は牛乳を沸騰させる所からのスタートになった。信長が急遽作らせた竈門は、6つも口があった。なので、それぞれで異なる作業が可能だった
それもあって六三郎は、牛乳を沸騰させながら、栗を茹でる事も出来た。そして、牛乳が沸騰した事を確認すると
「父上!後でいくらでも小言は聞きますから、その液体を冷ましてくだされ」
「わ、儂かやるのか?」
「殿や明智様にお願いするわけにもいきませぬ。だから、父上にお願いしております」
2人のやり取りを見ていた光秀が
「六三郎殿。拙者も手伝いましょう」
「明智様。申し訳ありませぬ!それでは、鍋敷きに置きますので、扇などで風を送ってくだされ」
六三郎はそう言うと、鍋敷きに牛乳入りの鍋を置いた。勝家と光秀は家臣に見せてはいけない必死な顔で、牛乳を冷ましていた
2人が牛乳を冷ましている間に六三郎は、栗を茹で始めた。そして、栗をお湯からあげると、
「父上!明智様!次は栗の中身を出すの手伝ってくだされ」
「六三郎よ。ま、まだやるのか?」
「拙者1人でやっていたら、夜中ですよ?それでも良いのですか?」
「ああもう。分かった。持って来い!十兵衛、倅か済まぬ。手伝ってくれ」
「柴田殿。ここまで来たら、手伝える事は全てやりましょう」
六三郎は再び2人を働かせて、茹でた栗20個の中身を回収すると、
「父上。明智様。手伝っていただき有り難き。では、今からパオン作りを始めます。栗は後程使いますので」
そう言うと六三郎は、いつもの様に小麦粉、牛乳、酒粕を混ぜて、捏ね始めた。丸い形に整えて濡れ布巾を被せると
「六三郎。まさか、これで終わりではなかろうな?」
信長から質問された
「殿。このパオンの生地は、今から四分の一刻ほど休ませてから、そこそこの大きさに切り分けてから、焼くのです
なので、申し訳ありませぬが、もうしばらくお待ちくださいませ」
「それならば、仕方ない。近衛殿。済まないが」
「ほっほっほ。なに、まだまだ昼なのですから、待ちましょう。それに、この六三郎という名の若者は、
普通の武士とは違う様ですな。普通、武士の子は父親にあの様な物言いは出来ぬはずなのに、六三郎殿は平気でやっておりますからな
しかも、織田家随一の猛将の柴田殿が父親なのに、その柴田殿に「手伝え」と言えるとは」
「近衛殿。六三郎は幼い頃から、普通ではなかったですぞ!そもそも、こ奴は」
信長が六三郎のこれまでのやらかした事を説明すると、
「はっはっは!何と!あの武田が敗れたと疑わしい戦の話は誠でありましたか!いやはや、元服前に初陣を経験する事も驚きですが、その相手が武田で、
しかも共に戦う者達を合わせても武田の同数以下だったのに、勝利するとは!まさしく「神童」だったわけですな」
「他にも六三郎の話は色々有るのじゃが、とりあえずはパオンの焼き上がりを待とうではありませぬか。
六三郎!そろそろ言っておった時間ではないか?」
「はい。では、切り分けてから焼いていきたいと思います。近衛様の指定の栗は、パオンに挟む形を取らせていただきます」
俺はそう言ってパン生地を程良い大きさに切り分けて、釜に入れたけど、栗はあの形で挟もう。