母は兄に怒り、父は息子が居て驚く
天正四年(1576年)九月二十日
美濃国 柴田家屋敷にて
「母上。兄上はまだ帰って来ないのですか?」
「帰って来たら新しい美味しい物を食べさせてくれると兄上は言っていたのですよ」
「ふふふ。すっかり六三郎に懐いておりますね。しばらく居ないだけで心配するなんて。利兵衛。大体、岐阜城の兄上に呼ばれた時、六三郎はどれくらいで戻って来てますか?」
「岐阜城に滞在する日数にもよりますが、岐阜城を出立したら、大体十日前後では戻るのですか。此度の様に長く戻らない事は初めてなので」
「そうですか。何やら嫌な予感がしますね」
市がそう呟いて間もなく
「利兵衛殿!岐阜城の織田様から文が届いたのですが、若様が居ない場合は如何しましょう?」
「織田様から?奥方様、若様の代わりにお願い出来ますでしょうか?」
「良いですよ。六三郎が居ないのに、兄上が文を届けると言う事は私宛ての文のはずです。見せなさい」
市が家臣から文を受け取り、読み始めた
「市へ。柴田家に完全に馴染んでおる様じゃな。兄は嬉しいぞ!そして、市が自慢しておった新しいパオンも誠に美味であった。
ここからが本題じゃが、しばらく六三郎を京や堺に連れて行く。恐らく領地に戻るのは霜月の中頃から師走の頭頃になるじゃろう。その時は権六と一緒に戻るかもしれぬ。
色々と六三郎に学ばせてやろうと思うから、心配はせずとも良い」
「兄上め〜!六三郎を連れて京や堺へ行くなど、私には一言も言わなかったくせに!何が心配せずとも良い!ですか!
六三郎を連れ回して、各地の有力者に
良い顔をしたいだけのくせに!こうなったら、利兵衛!」
「な、何でございますか?」
「今から岐阜城へ向かいます!娘達を連れて岐阜城に乗り込んで、留守居役の者に圧をかけます!」
「お、お待ち下さい奥方様。若様が出立前に見ていた文の中には、奥方様に対して「産まれたばかりの赤子や幼子を連れて来いとは言えぬ」と言っておられました。
なので、どうかここは抑えてくださいませ。それに、織田様や周りの方々が居る事は勿論ですが、大殿も一緒に戻ると書いてありますので、若様に何か良くない事が起きるとは考えにくいと思われます」
「確かに、その文言は有りましたが。権六様とも京で合流する様ですし。仕方ないですねえ。
ですが、だからと言って兄上の言う通りになるのは癪です。利兵衛!兄上へ文を書きます。準備してください」
「は、ははっ」
利兵衛が市に言われて準備すると、市は無表情のまま書き始めた。顔は無表情なのに、書く時間が異常に長かったので茶々達も軽く引いていた
天正四年(1576年)十月十日
山城国 某所
「六三郎!此処が京じゃ!しかも、此処は京の中心部の洛中じゃ!此処までの道のりで何か感じた事はあるか?」
皆さんおはようございます。殿に牛乳を使ったパンを試食してもらったら、何故か京に居ます柴田六三郎です。
殿が俺の料理や考えをある者に聞かせたいと言ってたけど、料理を食わせたいは物珍しさから分かるけど、
考えを聞かせたいって何ですか?俺みたいな若造の考えを聞かせたいなんて、何処ぞの子供か?
まあ、とりあえず俺は現場に行ってからやる事をやるだけど、殿に聞かれてるし答えよう
「拙者の感じた事で申しあげるならば、父上から聞いた話ですが、京はかつては華やかな場所だったのにも関わらず、この荒れ様は政を担うはずの者が、
言う事を聞かせる為の力も権威も無くなったから、民草が被害を受けている。でしょうか」
「うむ。概ね分かっておるな。その通りじゃ。この数年で言うと、幕府の将軍が幕府の権威を取り戻そうと気張っていたが、自らを良く見せようとするだけで、
日の本の事など一切、考えたていなかった。その様な幕府は存在そのものが政の邪魔でしかなかった。
だからこそ六三郎よ。三日後に会う者達は日の本の安寧を望んでおるが、儂と考えが微妙に違う。その者達との会食を、お主の料理で穏やかな空気にしてみせよ」
(いやいやいや!殿?そんな大事な会食で、俺の料理を出すのはダメだと思いますけど!?会食って俺のイメージだと懐石料理が出るんだけど、俺の作る料理なんて、
粉物メインだよ?言っちゃあなんだが、そんな堅苦しい空気で食べる物じゃないんですよ!どうしよう!
断ったら親父が切腹なのか?もしくは失敗したら、俺が切腹なのか?どちらにせよ、史実より早く死ぬなんてイヤなんだが)
俺がパニックになっていると、
「殿!と、六三郎!?」
親父の声が聞こえて来ました。どうやら、パニックになって歩いていたら、親父の出張先まで連れて来られた様です。で、当然親父は驚いて、
「殿。何故、倅が殿と一緒に京に居るのですか?」
殿に聞くよね。でも、殿は
「権六!十兵衛!三日後の「例の」会食の献立の一部を六三郎に作らせる事に決めたぞ!」
「お待ち下さい殿!倅は会食のしきたりも知らないのですぞ!しかも、三日後の会食はとても重要ではありませぬか!それを」
「権六!儂は六三郎の料理に活路を見出した。その料理ならば、奴らを黙らせる事が出来るじゃろう」
「し、しかし」
「安心せい。何かやってしまったとしても、切腹を申しつける事などせぬ。それは、権六含めて全員じゃ。
今は六三郎の常人では思いつかぬ料理を奴らに食わせて、度肝を抜かせてやろうではないか!」
「「「ははっ」」」
何だか分からないけど、俺の料理次第で何か大事な事が決まるみたいな雰囲気だけど、とてつもなく胃が痛いです。