殿の笑顔は裏がある
天正四年(1576年)九月五日
美濃国 岐阜城にて
「さて!六三郎よ。市からの文にあったが、美味なる新たなパオンを作ったそうじゃな。しかもそれを、
再び京や流行らせて欲しいそうじゃな。だが、ただのパオンではそれは難しい。そこでじゃ六三郎!
件のパオンを儂に食わせてみせよ。それで判断しよう」
皆さんおはようございます。現在、岐阜城内で殿に新しいパンを食わせろ。と言われております柴田六三郎です。
お袋が文でどれだけ殿を煽ったのかと疑う程、殿の機嫌が少しよろしくないのかな?と感じております
そんな殿に必要な物を言うのは緊張しますが、言わないと準備出来ないので頑張りましょう
「殿。勿論作らせていただくのですが、岐阜城周辺で回収したい物があるのです」
「それはパオン作りに絶対に必要な物なのか?」
「はい!その物を口にして満足して、それをパオンの元に混ぜて、完成したパオンを食べて美味であると、
言っておりました。領地から岐阜城までは持ってこられない物なので、回収をしていただく許可を」
「ふむ。良かろう!して、その必要な物とは何じゃ?」
「酒粕と牛の乳です」
「牛の乳とな!?酒粕は以前六三郎がパオンを作った時に必要であると聞いていたが、牛の乳を混ぜて美味になるとは俄に思えぬが、市が美味と言っていたならば、間違いないのであろう
良かろう!近くの百姓達の元へ先触れを出しておく。昼飯を食ったら、回収してまいれ」
「ははっ」
と、言う事で、昼飯を食ったら蘭丸くんの同僚さんの案内で岐阜城から1番近い村に到着です。村人の皆さんは、興味津々で見ています。
健康な人が増えたら税収も増えるだろうと思うので、ここの人達にも説明しましょう
「さて、皆々様。拙者が回収しております牛の乳ですが、皆々様も飲んでみたい好奇心が出て来たと思いまが飲む際の注意として、絶対に沸騰させる様、お願いいたす
沸騰させた後、程良い温かさになったら飲んでも大丈夫です。ただし母牛の乳は子牛に飲ませる事を優先させてくだされ。
人が飲む場合は、2日に1度。しっかり沸騰させてから飲まないと腹が痛くなって最悪の場合、死にまする。
なので、飲む時はその事に注意してくだされ」
と、言って俺達は岐阜城に戻りました。酒粕は殿の命令で丹羽様か既に家臣を使って回収していた様です
改めてパン作りの開始ですが、その前に牛乳を温めましょう。以前もお会いした料理人の皆さんが、不思議な顔で見てますね
で、牛乳が沸騰したので、鍋敷きに牛乳入りの鍋を置いて、
「では皆様。この温めた牛の乳を、熱すぎず冷たすぎずくらいまで冷ましてくだされ。
何かしらで仰げば、早く冷ます事が出来ますので、お願いします」
で、皆さんが牛乳を冷ましてくれたので、パン作り開始です
まあ、やる事は一緒なんですがね。違いを分かってもらう為に、前と同じ水と酒粕と小麦粉で作ったパンと、
牛乳と酒粕と小麦粉で作ったパンを出します。早く火を通す為に、小さめで作りましょう。
水を使ったパンも良い香りがしてますが、牛乳を使ったパンはやっぱり香りが別格な様で、料理人の皆さんは
「おお!砂糖も使っておらぬのに、香りが甘いとは」
「やっぱり柴田様のお考えになる料理は、味だけでなく香りも素晴らしい」
と、香りを楽しんでおりましたか。そして、完成したので殿の元へ持っていきまして
「六三郎よ!この香りが以前とは明らかに違うパオンが、牛の乳を使ったパオンか」
「はい。以前の物との違いを分かっていただく為に、水と酒粕と麦の粉で作った物と、牛の乳と酒粕と麦の粉で作った物をお出ししました。
丸い皿にのっている物が水と酒粕で作った物です」
俺が説明すると、殿は一口で食べて、
「うむ。以前も食ったが、やはり美味い。しかし、六三郎よ!市からの文ではこのパオンを超えるとあった。自信はあるのか?」
「食していただければ、お分かりになるかと思いますので」
「大した自信の様じゃな。どれ」
殿はそう言いながら、長方形の皿にのった牛乳を入れたパンを一口で食べると、
「おおお!香りが素晴らしいだけでなく、ほのかな甘みもある。しかも気になっておった酒粕の香りも薄くなっておる。六三郎!これが、牛の乳の効果なのじゃな」
「はい。そのほのかな甘みを実感していただく為に、冷ました牛の乳を鍋ごと持って来ました。母上も飲んだだけでなく、妹達も飲んでおりましたので」
「大丈夫と申すのじゃな。良かろう!市や姪達が出来たのに、儂が出来ないとは思われたくないからな」
殿はそう言うと、丸い皿で牛乳を掬って飲んだ。すると、
「うむ。やはり、ほのかな甘みを感じる。六三郎!牛の乳には当然、砂糖は使っておらぬよな」
「はい。牛の乳だけにございます。回収しただけの牛の乳では安全か分からぬので、必ず沸騰させてから、
適度な温かさになるまで冷ましてから、パオン作りに使っております」
「砂糖を未使用なのにも関わらず、この甘み。そして酒粕の香りを薄くして、自らの香りも主張しすぎないとは。
六三郎!このパオンは、少々手間がかかるかもしれぬが、売れるであろう!また、織田家に銭が入ってくる!褒めてつかわすぞ」
「有り難きお言葉にございます。殿、その少々の手間の為に拙者が領地でやっています事を提案したいのですが」
「何じゃ?申してみよ」
「はい。拙者は領地及び此度の岐阜城の台所でパオン作りをした際、長く火が続く様に、
薪ではなく、竹を炭にした竹炭を使用しました。この竹炭を織田家の領地で作れば、薪を使う銭を抑えると同時に
竹炭を売って織田家に銭が入るのでは?と思ったのですが」
「確かに!竹は成長が早いからこそ、領地全体で栽培したら、一部に偏りが出ない。そうなれば、山崩れも起きぬだろう。
うむ!六三郎よ!お主の提案、採用しようではないか!今の時点で家臣達の領地には野生の竹があるだろうから、
それを管理して、竹炭にすれば織田家に銭が入る!うむ、戦以外で銭を抑える事は考えていたが、銭を生み出す事も、これからは考えねばならぬな」
殿は色々思うところがあったのか、しみじみとしていた。これで販売決定の様だし、俺は帰る事が出来るかなと思っていたんですが、
どうやら神様は俺に「働け!肉体的よりも精神的にダメージがある仕事をしろ!」と言っている様で
「六三郎よ!近々、儂はお主を連れて京に行く!そこでお主の料理や考えを聞かせたい者が居るから、しっかりと話す様にな」
俺は京に行く事が確定しました。
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