父は一時帰宅で息子を気にする
天正四年(1576年)五月二十九日
美濃国 柴田家屋敷にて
「父上おかえりなさいませ」
「「「おかえりなさいませ」」」
皆さんおはようございます。親父がお袋や俺達子供の側に居る為に一時帰宅したので、挨拶しております柴田六三郎です。
まさかの五十過ぎての子供という事で、嬉しそうな反面、不安そうな顔も時折見えます。やっぱりお袋が、この時代だと高齢出産になるからかな?
で、親父から
「殿のお心遣いにより、市の出産までは領地に居てやれと言われたが、皆は普段どおりに役目に励んでくれ」
「「「ははっ」」」
「利兵衛と源太郎。後で儂の部屋に来てくれ。少し聞きたい事がある」
「「ははっ」」
おや?俺じゃなくて、利兵衛と源太郎が指名されるとは。まあ、親父の相手は2人に任せよう
そして、勝家の部屋に2人が入る
「利兵衛、源太郎。良く来た。お主達に聞きたいのじゃが」
「「どの様な事でしょうか?」」
「六三郎が何やら肩肘を張り過ぎている様な、怒りの心情が表に出ておる様な気がするのじゃが。何かあったのか?」
「恐らく、いや、間違いなく奥方様の事でしょうな」
「市に何かあったのか?」
「いえ。奥方様本人ではなく、織田様から派遣されたお産を助けに来た一行の一人が、奥方様が浅井家に嫁いでいた時の知り合いの様で、
その者が奥方様に、お産が終わった後も柴田家に仕えさせてくれと言ってきたらしく、その図々しさに若様が怒り心頭な様で」
「利兵衛殿。若様はその者に怒り心頭ですが、我々赤備え全員、その者の息子達に対して怒り心頭です。
それこそ、赤備え全員二百人分の拳骨を打ちつけたい程に」
「源太郎よ。何があったのじゃ?普段は落ち着いておるお主がそこまで荒れるとは」
「大殿。利兵衛殿の話に出て来た者は浅井家に仕えていた当時、茶々様の乳母を務めていたらしいのですが、その女の三人の息子が、
母親の後をついてきて、若様に召し抱えてもらおうと屋敷の周りを彷徨いていた所を源次郎達が捕まえたのですが、
そこで、あろう事かそ奴ら3人共、若様に対して
「お主は我々と歳の変わらぬ小童ではないか」
「小童に用はない。六三郎様に会わせよ」等の暴言を吐いてきたのです。しかもそ奴ら全員、若様より歳下のくせにです」
「源太郎の、いや、赤備え達の気持ちも分からんではないが。普通に考えたら、
戦で活躍した若武者と聞いたら若くても十五くらいと思うから、致し方ないかもしれぬが」
「大殿。失礼ながら、召し抱えてもらいたいと思う相手の事は、少なからず調べてから来るものではないですか。いくら年端も行かぬ子供と言えど」
「分かった分かった。それで、その者達は今、どうしておる?」
「母親の方は奥方様へのお役目に励んでおり、士官の話は一切しておりませぬ。若様が強く嗜めた結果でしょうな」
「子供達の方は、我々赤備えが毎日やっている、普段の訓練を三分の一の回数をやらせた後に、利兵衛殿が小吉と共に理財の基礎を叩き込んで、文官の適性を見ております」
「六三郎はその者達にちゃんと飯を食わせておるのか?」
「はい。むしろ息子達には、「動いた分より多く食べろ!そして、長く睡眠を取れ!」と推奨しております。
恐らくですが、若様は息子達には怒りの心情は無いものかと」
「源太郎殿の思ったとおり、若様は儂に息子達を預ける際、「子供達に罪は無い」と言っておりました。
だからこそ、母親が要らぬ事をしない限り、そのうち息子達も小吉と同じく文官見習いで召し抱えるかもしれませぬ」
「まったく。あ奴らしいのう。だが、少しはがり気を張り詰め過ぎな気もする。此処は父親として向き合うか。二人共。色々伝えてくれて感謝する」
「「ははっ」」
こうして、2人はそれぞれの場所に戻っていった。
同日夜
勝家私室にて
「父上。六三郎です」
「うむ。入れ」
「父上。こんな夜中に呼び出すとは、何かありましたか?」
「うむ。昼間に利兵衛と源太郎からお主の事を聞いたのじゃが、六三郎よ。母の事を守ろうとした事、感謝する。だがな、もう少し。もう少しだけ、肩の力を抜いて良いのだぞ?」
「父上。拙者は別に」
「六三郎よ。お主が市のお産の助けに来た一行の一人に怒り心頭なのは分かっておる。儂もその場に居たら、お主と同じ行動を取るであろう。
しかしじゃ、その者の息子達に優しく接する事が出来るのは、少なからず理由があるのではないか?
いくら口が悪い子供でも、お主が赤備え達の訓練と、利兵衛から理財の基礎を学ばせて、飯を大量に食わせてやるなど」
「父上。息子達の母親に関しては、母上に要らぬ負担を負わせようとしたので嗜めましたが、息子達に罪はありませぬ。
それこそ、昔父上が拙者に言っていた「自分より歳が下の者は弟や妹だと思い、守るべきだ」の言葉どおり、
このままだと、まともな教養も無い粗忽者になり、何処の大名家にも召し抱えてもらえずに野垂れ死ぬ可能性が有るからこそ、
母親が何もせずに母上のお産を助ける役目に励んでおる間は、色々学ばせて拙者の家臣として召し抱えるか否かを見ております
長男は自分が家族を養うという強い意志が見えますし、
次男はかつての源次郎くらい負けん気が強いです。
そして三男は末っ子ながら、勘が働くと同時に兄達に比べて、ですが理財の基礎を覚えるのが早いので少なからず文官の適性はあるかと」
「それで将来的に召し抱えるかもしれぬ。と言う事か」
「父上から家督を引き継いだ時、家臣が少なくなる可能性も考えておりますので」
「お主の考える事も一理あるが、それでも六三郎よ。屋敷にはお主を助けてやれる者達が居るのだから、
もう少しだけ肩の力を抜け!母や妹達を儂の居ない間は守ろうとしてくれているのは有り難い。
だがな、お産に関してはお主も儂も無事を祈る事しか出来ぬ。だからこそ、皆を頼れ」
「ははっ」
「分かったなら、戻って休め」
「では、お言葉に甘えます」
そう言って六三郎は部屋を出た。残った勝家は
「戦や内政では歳を疑う程働くあ奴でも、それ以外では歳相応になってしまうとは。
元服しても、そこは子供だったとはな」
六三郎と2人きりで話した勝家の顔はとても満足で嬉しそうな顔だった。




