こういう時こそ年長者
歩くのもやっとだけど、何とか中庭まで戻って来た3兄弟と俺達を見て、たみ殿は
「あ、あの六三郎様。息子達は」
「たみ殿。身体の強さと根性はそれなりに有ると分かりましたが、次は頭の賢さ、賢くなる為の忍耐力を見たいと思うので、
召し抱えるかどうかは、先の話です。子達を信頼して待ちながら、役目に励んでくだされ」
「は、はい」
たみさんにお袋の世話に戻ってもらって、
「利兵衛!居るか?」
「若様。如何なさいましたか?」
「利兵衛。この3人は兄弟で、母上のお産を助けに来た一行のうちの1人が母親なのだがな、母親の後をついて来て儂の家臣にしてくれ。と、いきなり言ってきたのだがな、
いかんせん、口は悪いし、教養の基礎的なものも身についておらぬ。更に言うならば、儂の家臣になりたいと思っていながら、儂の年齢すら知らずに、
儂の事を「小童」と何度も呼んだ結果、赤備えの皆が怒り心頭でな。皆を宥める為に、毎日やっておる訓練を三分の一をやらせて、駄目なら帰らせようと思ったが、
身体の強さと根性だけは有る様でな。ならば次は頭の賢さと、賢くなる為の忍耐力を見ようと思ってな。
文官の基礎を叩き込むならば、利兵衛が適任であろうから、連れて来た」
「それはそれは、話を聞くだけだと、かなりの世間知らずですな。その様な子供ならば、拙者も気合いが入るというものです」
「利兵衛殿。正直、こ奴らに関して赤備え全員で拳骨したいほど若様に無礼な物言いをしていたので、
中身も正してくだされ。その場に居たら利兵衛殿も怒り心頭になっていたと思いますぞ」
「まったくじゃ。若様の事を「小童」と何度も呼ぶだけでなく、知り合いだからと姫様達と馴れ馴れしく会話しおって」
「地道に理財を学んで、文官としての基礎を習得しておる小吉の方が可愛げがある!むしろ、小吉の爪の垢でも飲ませたいわ」
源太郎が1番ブチ切れだったけど、源次郎、銀次郎、新左衛門の様に具体的に言いたい気持ちは全員あったんだと、改めて納得。そして、小吉が可愛がられているのも嬉しい
「とりあえず利兵衛よ。3人はお主から学んでいる時に疲れはてて寝るかもしれぬ。
その時は、書物の角で軽く叩いてやれ」
「はっはっは。若様も中々、強くなりましたな。今までならば、自身より歳下の者には優しかったのに」
「こ奴らに関しては先程も話したが、母上のお産を助けに来た一行の中に母親が居るが、役目を忘れて図々しくも士官の希望をしてきたのでな。少々儂も、怒りが出ておる。
だからと言って、こ奴らには何の罪もない。仕えたいと言っておるが、今は色々学ばせて、忍耐力が有るかを見ようと思ってな。身体が強くとも、頭が阿呆では
周りに迷惑をかけるからな。利兵衛、こ奴らが喚くのであれば、儂に言え!それ相応の対応をする。
改めてじゃが3人共。しっかりと学べるかを見るからな」
「「「は、はい」」」
「利兵衛!任せたぞ」
こうして六三郎達は、その場を後にした。残された利兵衛達は
「とりあえず、部屋に入って来なさい」
と、3人を早くに入れた。中には既に小吉が居て、以前よりも早く文字を書く様になり、計算も早く出来る様になったいた
「さて。3人は兄弟であったな。長男から名乗ってもらおうか」
「長男の大野輝一郎です」
「次男の大野正二郎です」
「三男の大野光三郎です」
「輝一郎と正二郎と光三郎か。それぞれ歳はいくつじゃ?」
「八歳です」
「六歳です」
「五歳です」
「ふむ。輝一郎は小吉と同い年か。して、産まれは何処じゃ?」
「「「近江国です」」」
「ほう。近江国という事は、お主達の父は浅井家に仕えていたのか?」
「はい。奥方様が浅井備前守様と夫婦だった時に、我々の父も母も浅井家に仕えておりました。
ですが、織田家との戦が近くなると、我々の為に父上を戦に参加させずに家族ごと逃げる様にと、奥方様と備前守様が仰ってくださいまして
家族全員で落ち延びたのですが、父上は浅井家が滅んだ事で、半分百姓半分武士の暮らしをして我々と母上を養ってくださったのですが、前年に亡くなってしまいました
父上の死をきっかけに母上は仕事が多くあると思い、岐阜城の城下町に引っ越したのですが、そこで、織田家がお産を助けられる者を探していると聞き、
茶々様の乳母を務めた経験から母上は名乗り出て、此度の一行に選ばれたのです。その際、我々兄弟も、とある商家の丁稚奉公をする事が決まっていたのですが、
やはり父上と同じく武士として生きたいと思い、母上の後をついてきたのです。その道中で、六三郎様のお話をしている者が居たので聞いてみたら、
お若いながらも、戦と内政の両方で見事な働きを見せて、家臣の赤備えの皆様と共に領民に慕われているだけでなく、
その赤備えの皆様が、元々は武田の者達だったのに臣従させたと聞いたので、きっとお若いながらに、度量の大きい凄いお人なのだと。そんなお人ならば、我々兄弟も召し抱えてくれるのでは?
と思い、士官の希望をしようとお屋敷を見ていたら、捕まって、今に至ります」
「成程。しかし、近江国の出身ならば、現在近江国の北側、旧浅井領は織田家家臣の羽柴様が治めておるのだから、羽柴家に士官の希望を出したら良かったのではないのか?」
「拙者もそう思いました。ですが、父上が亡くなった後、その羽柴様が家臣を総動員して浅井の残党探しを始めたのです。
これは見つかったら殺されるかもしれないと母上も拙者も思ったので、弟達を連れて命からがら美濃国まで逃げて来たのです」
「ふふっ。まったく若様は、訳ありな人間を引き寄せる力が強いお人じゃな」
「あの、利兵衛様?」
「輝一郎よ。詳しい事は、お主達兄弟が小吉の様に地道に少しずつでも良いからしっかりと学んでいけた場合に限り、若様が召し抱えてくれた時に話してくださるはずじゃ。
恐らく若様は、お主達と母をまとめて屋敷内か離れにでも寝かせるじゃろう。若様は基本的には優しいお人じゃ。その若様がお主達の母に怒りの感情を持っておるのは
良くない事じゃ。これで、お主達がただ粗暴な子供のままだったら母もお主達も間違いなく追放されるじゃろうな。
そうならない為には、どうしたら良いか、ここまで儂と話した上で分かるか?」
「我々兄弟全員、真面目に利兵衛様から教わった上で、母上に要らぬ事を言わずに役目に励んでもらうしかありませぬ」
「そうじゃな。それが、若様がお主達に対して優しくなれる数少ない方法じゃ。若様はな、やるべき事をやっておればとやかく言わぬ。戦場に出ない者の内、
年端もない小吉やお主達の様な子供は、先の世の為に学びを優先させておる。儂の様な年寄りは、その子供達に教えられる分野の事を教える事や、内政で若様を補佐する事が優先されておる
お主達兄弟は、今は学ぶ事じゃ。学んで将来的に戦が無い世の中でも働ける事を示せ。さすれば若様も、怒りを下げてくれるはずじゃ」
「「「はい。利兵衛様!」」」
「ふっふっふ。良い顔になったな。それでは、文官に必要な理財の基礎から始めるとしよう」
利兵衛の年長者らしい話術で、落ち着いた3兄弟はしっかりと理財の基礎を学び始めた。




