凶報を聞いた武田
信長と家康が別働隊の働きに大笑いしていた頃、武田の本陣では軍議か開かれていた
「お館様。長篠城は落とせなかった上に、織田と徳川の軍勢が援軍としてここより目と鼻の距離と言ってよいほどの場所である設楽原に着陣したとの事
奴らの軍勢の総数が分からぬ以上、無理に戦わずに撤退しても、いや、撤退した方が良いと拙者は思います」
発言したのは鬼美濃こと馬場美濃守信春、暫定的に武田家の当主になった勝頼をお館様と呼ぶが、
「四郎殿。拙者も無理をせずに撤退した方が良いかと」
「四郎殿。拙者も同じく」
「四郎殿」
勝頼の事を「所詮一時的な立場の陣代」と見下している者達からは、昔と変わらず「四郎殿」と呼ばれていた
勿論、勝頼も心中穏やかではなかった。自らを馬鹿にしていると理解していたが、それでも実績で黙らせる為に戦で勝ち続けて
領地を広げて、家臣に分け与えて態度が曖昧な者を黙らせていた
その様な状態でも武田家を一応、まとめていた勝頼はここを好機と捉えていた
「何を言っておる!ここで織田と徳川の両方を叩けば、一気に三河国の半分を武田の領地と出来るのだぞ!その様な弱気な発言はやめぬか!」
「し、しかし」
「お館様。織田と徳川が此処に来たという事は、長篠城から伝令が出たと見て間違いないのです。その者が我々の軍勢の数を伝えた可能性もあるのですから」
馬場と山県が何とか勝頼を宥めようとするが、
「武田の重臣ともあろう者が!」
勝頼が更にヒートアップしそうな時だった
「注進!注進でごさる!」
身なりがボロボロな足軽が本陣に入って来た
「軍議の最中に何事じゃ!?」
「な、長篠城を囲む為に設置していた砦が、全て織田と徳川に奪われました。そして、中心にあった砦は、守りに着いていた兵は全滅し、砦は壊滅しております!」
この報告に勝頼達は
「誠か?」
「六つの砦にそれぞれ五百の兵を配置したのだぞ!全て落とされたと申すか?」
「はい!息のあった者に聞いたところ、織田と徳川の者達は、種子島を多数所持しており、それを使って攻撃してきたと」
「お館様!織田と徳川は我々よりも種子島を多数所持している可能性が」
「馬場殿の言うとおりです。我々の騎馬隊がどれ程早く動けても弓と種子島の矢弾を多数撃たれてしまったら」
馬場と山県は何とか勝頼に翻意させようと説得を頑張った。しかし勝頼は
「種子島は一度撃ってしまえば、再度撃つのに時を要する。その間に攻撃をしたら良いではないか!それに、たかが弓矢如きで武田の者達は倒れる程、
軟弱ではない!それに、砦を落とされたならば退路も断たれ、前に出て戦うしかない!今なら織田も徳川も砦を落とした事で油断しているに違いない!
明日、織田と徳川を叩きのめす!」
「そ、それはなりませぬ!」
「うるさい!もう戦うと決めたのじゃ!」
勝頼はそう言うと後ろを向き
「明日!織田と徳川との戦にて必ずや勝利をお届けいたす!御旗楯無もご照覧あれ!」
武田家の家宝である御旗と楯無に誓いを立てた。これは、議論がまとまらない時に、武田家当主が議論を決断して、それ以上の発言は却下する。という意味合いである
議論が決まった以上、家臣達は何も言わずに従うのみだった。それを実行した勝頼は
「軍議は終いじゃ!明日の戦に向けて、身体を休めよ!」
と、命令して家臣達を解散させた
解散後、しばらくして馬場と山県と内藤が同じ場所に集まっていた
「山県殿。内藤殿」
「馬場殿。言いたい事は我々と同じなのでは?」
「お館様と、明日の戦の事なのでしょう?」
「やはり分かっておるか。軍議の場に孫六様が居ない事でお館様を抑えられなかった。更には、穴山を筆頭に、
「四郎殿」と今だに呼び続ける者達が口を閉じぬからお館様も意固地になったのじゃろうな」
「お館様も、春日殿に信濃国の守りを、孫六様に甲斐国の守りを任せてしまうとは。そのせいで、本来なら二万五千の軍勢が一万八千になり、
そのうち三千は砦の守りに配置していたが、その者達も討ち取られて、我々の総勢は一万五千まで減ってしまった」
「長篠城を攻めるだけなら、一万五千でも事足りるが、織田と徳川の総勢は間違いなく、武田の総勢を超えるでしょうな」
「間違いないじゃろうな。明日の戦、今までの戦とは全く違うものになるじゃろうな。我々も種子島は一千ほど所持しておるが」
「織田と徳川は我々以上に所持していると見てよいでしょうな」
「甲斐国や信濃国に種子島の材料があれば、量産も出来たのじゃがな。今更言っても致し方ないでしょうが」
「ご先代様も、種子島の有用性は分かっておられたが、物も銭も足りぬとぼやいておったな」
3人がそれぞれ思いの丈を話しているところに、
「お話の中、失礼します」
武田の忍びが現れた。3人は
「おお。お主か。如何した?」
「お館様から何かお役目をいただいたか?」
「儂達の手勢が必要なお役目か?」
それぞれ質問したが、忍びは全ての質問に首を横に振った
「では、何かしら儂達に伝えたい事があるのか?」
「はい。山県様に」
「ほう?儂に伝えたい事とな。申してみよ」
「はい。砦を落とされたので、万が一の退路を作ろうと砦周辺を探っていたところ、
中心の砦を落とした者達の中に山県様の甥でもある飯富兄弟がおりました」
「何!?」
それを聞いた山県は思わず立ち上がった。それを見た忍びは
「暗殺出来ますが、如何なさいますか?」
質問された山県は
「いや、捨ておけ」
「よろしいのですか?」
「うむ。砦を攻撃したのならば、明日の戦には参戦しないだろう。ならば捨ておけ」
「では、その様に」
そう言って忍びが立ち去ろうとすると山県は
「待て」
「何か?」
「甥達の新たな主君はどの様な者か分かるか?」
「はい。飯富兄弟を始めとする者達は、「我々の主君は柴田の鬼若子」と言っておりました」
「そうか。話を聞くと、甥達は織田の重臣である柴田とやらの子に仕えておるのか」
「はい。そして、余程銭が余っているのか、飯富兄弟含めた二百人全員、山県様の赤備えを真似た様な
赤の甲冑で統一されておりました。更には三年前と違い、体躯が鍛え上げられておりました」
「そうか」
「武田に戻る様、調略しますか?」
「いや。今更、顔を合わせても、甥達からしたら、儂はあ奴らの父である兄上の作った赤備えと領地を奪った許す事の出来ぬ男じゃ。
それならば、儂の事を恨む事が甥達の活力になるなら、そのままで良い」
「分かりました」
「伝えてくれて感謝いたす。持ち場に戻ってくれ」
「では」
忍びは山県にそう言われると、その場を去った。
そして山県は
「明日は死にもの狂いで戦わねば生き残れないじゃろうから、先に寝床に入らせてもらいますぞ」
「ならば、儂もそろそろ休むとするか」
「儂も明日の為に休んでおきましょう」
3人はそれぞれ、寝床に戻った。明日の戦で討死する覚悟を決めて。




