喜ぶ主君と困惑の父
天正三年(1575年)五月二十日
三河国 設楽原にて
「しっかり堅固に作れ!お主達を守る柵じゃぞ!」
「「ははっ!」」
六三郎達が鳶ヶ巣山にある砦を攻撃している頃、信長と家康は武田軍から火縄銃の撃ち手を守る馬防柵の製作を急いでいた。
六三郎の策の改良点として、進行ルートになる場所を限定出来る様、設楽原の平野を騎馬の通りにくい道にしていた。
その事で信長は
「二郎三郎。三河国の土地を一時的にとはいえ、堀代わりの大穴を作るなど、荒らしてしまってすまぬ」
「はっはっは。三郎殿。お気遣い感謝いたす。ですが、土地は荒れても時間をかければ元に戻りますが、武田に奪われては、
元に戻す事も出来ないのですから、今は武田を撃退する事を最優先としましょう」
「そう言われると、儂も気が楽じゃ。しかし、二郎三郎よ。お主が言っていた様に、この設楽原、誠に汁椀の様な地形じゃな。
しかも、我々の本陣の場所は反対側からは、ほぼ見えぬ上に、六三郎の出した原案の様に、種子島の撃ち手を守る柵を縦に設置したら、三段目はほぼ見えぬ。
これは正しく、六三郎の言っていた様に、見えない所からの攻撃じゃな」
「あの若者の軍略の才は、味方の被害を少なくしながら、敵を壊滅させるという、言うは易しも行なうは難しを実行させるのですから、
今以上の軍勢を率いたら、どれ程の戦を見せるか、楽しみでもありますな」
「確かに。六三郎に一万以上の軍勢の大将を任せたら、同数の敵なぞあっという間に蹴散らしているかもしれぬな」
「はっはっは。それは充分あり得るでしょうな」
信長と家康は武田との決戦が近づいていても、少なからず笑いあえる余裕が出ていた。そんな時、
「「注進!注進でござる!」」
織田家と徳川家の足軽がそれぞれ文を複数持って、信長と家康の元に走って来た
「何事じゃ?」
信長が聞くと、
「現在、鳶ヶ巣山の各砦を攻撃している織田家の部隊からの報告の文でございます」
「拙者は徳川家の部隊からの文でございます」
「「見せよ!」」
信長と家康はそれぞれ足軽が文を受け取って読み出した
「ふむ。中心の鳶ヶ巣山砦以外は多少の被害はあったが全て陥落させたと。うむ。期待どおりの働き、流石じゃ。どれ、六三郎の部隊と補佐に着かせた藤四郎の軍勢は」
信長はそう言いながら、信元からの文を読むと
「わっはっはっ!ま、誠か!?何と!」
大声で笑いだした。それを見ていた家康に
「二郎三郎!お主が六三郎の補佐につけてくれた酒井からの文を見てみよ!お主も笑うはずじゃ」
「で、では」
信長に促されて家康は読み出した。そして、
「あっはっは!さ、三郎殿。これは確かに笑いますな。普通の若武者なら「有り得ぬ」と一蹴しますが、六三郎殿ならば、納得ですな」
「全くじゃ!これは父である権六にも見せてやらねばな!倅の初陣が見事な戦果になったのじゃ!
誰ぞ!権六を此処に連れてまいれ!厳しい親父のあ奴でも、これは喜ぶに違いない!急げ!」
信長の命令を受けた足軽は、急いで勝家を信長の元へ連れてきた
「殿。徳川様まで、何か不測の事態でも起きたのでしょうか?」
「確かに不測の事態じゃな。なあ、二郎三郎」
「ええ。普通だったら絶対有り得ぬ不測の事態ですな」
「ど、どの様な事が起きたのでしょうか?」
「これを読めば分かるぞ」
信長はそう言って、文を勝家に渡す。渡された勝家は文に目をとおすと
「え!?と、殿?徳川様?こ、この内容は誠ですか?水野殿が倅の働きをいくらか大きく見せているのでは?」
「何じゃ権六。お主の倅の六三郎が鳶ヶ巣山砦を守る武田兵五百を、自らの家臣二百だけで全滅させただけでなく、
砦を徹底的に壊して武田の拠点を潰したのじゃ。これは見事な戦果であり、武功を挙げたと言ってもよかろう」
「そ、それはそうですが。あの、徳川様。水野殿と同じく倅の補佐についた酒井殿からの文も同じ内容なのでしょうか?」
「全く同じ内容ですぞ。むしろ、酒井からの文には自身と藤四郎叔父上の軍勢が砦に着いた時には、六三郎殿の家臣達は既に勝ち鬨の声を上げていたそうです
嫡男である六三郎殿が見事な戦果と武功を挙げたのですから、柴田殿も喜びの声を出してもよいと思いますが?」
「いや、倅のやった事があまりにも常識外れと言いますか、現実離れしすぎておりまして」
「ふっふっふ。権六よ。今更六三郎に常識を求めるのは無理じゃ。あ奴は戦は勿論、内政でも普通の童でなかったのだからな。
それに、文の最期に「家臣の働きに報いる為に、与える事の出来る領地や金銭が欲しいので、父上に伝えてください」と
しっかり自分だけが働いたわけではない事も伝えておる。普通の者は自らの武功と戦果として、喧伝するだろうが、そうではなく、「家臣の」と言っておるのじゃからな」
「は、はあ」
「権六。六三郎を少しは褒めてやれ。此度の戦果、六三郎達も他の部隊も武田の退路を断つ事になったのじゃからな」
「分かりました。倅が戻って来たら、調子に乗らない程度に褒めてやりたいと思います」
勝家は六三郎の初陣が見事な結果すぎて困惑していた。
 




