料理中の無茶振り
天正三年(1575年)五月十一日
三河国 岡崎城内にて
「麦粉を捏ねてまとまりましたら、出来る限り、同じ幅で細長い形に切ってくだされ」
「猪の肉と鹿の肉を半分は厚切り、半分は薄切りにお願いします」
「鳥の肉は、食べやすい大きさにまとめて麦粉を満遍なくまぶしてくだされ」
皆さんこんにちは。朝の食材探しから帰ってきて、夕食の下拵えをしております柴田六三郎です。
徳川家の台所で料理をしながら、基本的な作り方を教えているのですが、料理人の皆さんからは、
「雉からこんな美味い出汁が出るとは」や
「鹿肉や猪肉も下処理を丁寧に行うと、これ程美味い料理に変わるとは」など、
俺の料理に驚いてくれてます。まあ、これは岐阜城の料理人の皆さんも同じでしたけど。
で、雉出汁のうどんと、猪肉を使ったお好み焼きと、野鳥の唐揚げを試食として料理人の皆さんに食べさせてみたら
「う、美味い!この雉出汁を使った料理のあっさりとしながらも食べ応えがあると同時に、早く食べられる手早さも素晴らしい」
「この猪肉の薄切りを下に敷いて麦粉を焼いた物も美味い!味噌と酒を混ぜたとろみのある汁の香りもまた、食欲をそそる」
などの感想を言ってくれました。これなら徳川家の皆さんも納得してくれると思ったので、フル稼働で作ろうとしたら
「六三郎殿。あまりに食欲をそそる香りがしたので、来てしまいましたぞ」と
三郎様が言ったと思ったら
「六三郎!こんな美味そうな料理をお主は領地で作ったり、つる殿達に教えていたのか?早う食わせてくれ」と
まさかの勘九郎様まで台所に来ましたよ。これでは収集がつかないので、
「勘九郎様と三郎様!早く食べられる物を持っていきますから。殿や徳川様がおられる場所でお待ちくだされ」
「早めに頼みますぞ」
「あまり待たせてはならぬぞ」
と急かされましたので、とりあえずうどんだけでも持っていきました。これで、しばらくはうちの領地から小麦粉は出荷出来ないかもしれないけど、
この2ヶ月分くらいは此処に持ってきてるから、殿の無茶振りが連発しなければ大丈夫だろう
で、麺と出汁を鍋ごと持っていってもらって、お好み焼きを作り出すと
「六三郎殿」
今度は蘭丸くんが来ました
「何かありましたか森殿?」
「殿より、「これは美味いが岐阜城で既に食っておる!儂が食した事の無い物を作れ!どの様な物を作るかはお主の裁量に任せる」との事なのですが」
うん。大分、いや、かなりの無茶振りだな!どうするかなあ。中身を変えたパンを作ったとしても、
「中身を変えただけではないか」
と言ってきそうだしなあ。ん?パン?パンはあるんだよ。で、パンは小麦粉から出来ている。で、殿は新しい料理と言っている。
それなら、パンをパン粉にして、猪肉の厚切りを豚カツならぬ猪カツとして出そう。でも待てよ?
確か豚カツは、肉に小麦粉→溶き卵→パン粉の順番で纏わせていくんだよな。この時代だと、野鳥の卵になるか。
サイズ的に大量に割らないといけないけど、仕方ない。
「森殿。殿がお気に召すであろう料理は頭の中に描けたのですが、材料が足りませぬ。共に探す人をお借りしたいのですが」
「な、何を探すのですか?」
「野鳥の卵です」
「え?」
「おおまかに言うと、鳥の卵であれば良いのです。殿や徳川様にその事をお伝え出来ますでしょうか?」
「わ、分かりました」
こうして蘭丸くんは、一旦広間に戻った
〜広間にて〜
「殿。六三郎殿にはしっかりとお伝えしたのですが」
「何じゃ?作れぬと言って来たのか?」
「いえ。作れると申しておりましたが、その為の食材が足りないので探す人を貸していただきたいと」
「ほう。何やら面白い話ですな。三河国で取れる物ならば、我々から出しましょうか」
「二郎三郎」
「その代わりと言ってはなんですが、拙者や家臣達にも食わせてくだされ」
「勿論じゃ!で、お蘭よ。その食材とは何じゃ?」
「鳥の卵だそうです」
「鳥の卵を使うとは、一体何を作るつもりじゃ?」
「森殿。その卵は特に指定は無いのですかな?」
「はい。六三郎殿は、「鳥の卵であればよい」と」
「ならば、時告鳥が卵を産んでいたな。あれを全部取って使ってもらおうではないか。万千代、回収して六三郎殿に渡して来い」
「は、ははっ」
家康からの命令で井伊直政は鶏小屋に走った。そして、信長と家康は
「二郎三郎。何やら新しい料理が生まれる瞬間かもしれぬな。これは、この広間で、皆の目の前で作らせてくれぬか?」
「そうですな。戦でもないのに、胸が高鳴りますし、此処で作ってもらいましょうか!」
こうして、六三郎は目の前で料理作りを行う事が決定した。




