主君からの文の内容は
天正三年(1575年)一月十日
近江国 長浜城内にて
「儂の城が出来上がってきたのう!今は人が住む場所と城廓だけじゃが、完成した暁には!殿の住む城の次に立派な城になろうぞ!はっはっはっは!」
城の主である秀吉は、自身の望みの1つの城持ち大名になれた事、その城が出来上がっている様子にテンションが上がっていた。
石高にして約12万石、今まで織田家の戦で休む間もなく働いた秀吉の働きが報われた証でもある。
そんなテンションが上がっている秀吉に
「兄上。喜んでおられるところ、申し訳ありませぬが」
弟の秀長が呼びかけた
「何じゃ小一郎?何か急ぎの用事か?そうでないなら、後にせい!」
「後にしてよいものではないと思いますよ。何故なら、大殿からの文ですから」
「それを早く言わんか!殿からの命令なら、何よりも優先じゃ。文をよこせ」
秀吉は秀長から文を奪って、読み出した。文は2通あり、1つ目を読み終えると
「はあ?ま、誠か?」
大声で驚いた
「兄上?どの様な内容ですか?」
秀長の問いかけに秀吉は
「小一郎。虎之助を呼んでまいれ」
「それは構いませんが、虎之助だけですか?」
「虎之助だけで良い」
「分かりました。それでは連れてきます」
そう言って秀長は部屋を出た
秀長が出た事を確認した秀吉は2つ目の文を読もうとした。しかし、その前に秀長と清正が到着した為、後で読む事にした。そして
「兄上。連れて来ました」
「殿。何かよろしくない事が起きたのですか?」
「まあ、待て。岐阜城の殿から文が届けられた。その内容がな、儂達に関連した内容なのじゃ。儂が読むから、よく聞け」
「「はあ」」
「では。「近江国の差配は少しずつではあるものの、順調に進んでおる様じゃな。ご苦労じゃ。
お主達兄弟と家臣の加藤という名の若武者に伝えておく事がある。先ず最初に、お主達羽柴兄弟の姉家族が、柴田家嫡男の吉六郎の家臣及び女中として仕える事になった
お主達が勘違いしない為に言っておくが、吉六郎はお主達兄弟の親族だから召し抱えたわけではなく、
姉家族の子が武士になりたいと希望して、母親が反対していたのを吉六郎が将来、文官にする為に見習い扱いにして文字の読み書きから始めるとの事、
子だけでなくお主達の義兄である父親も文官見習いや小者として召し抱え、姉である母は女中として働く事になった」と書いてある。これがわし達兄弟に関する事じゃ」
「兄上。あまりにも話が」
「儂とて俄かには信じられぬ。だが、殿が花押を使う文でふざける事は無い。つまり、本当なのだろう。姉上家族が生まれ故郷の尾張国の中村を捨てて、美濃国へ行ったという事じゃ」
「兄上。その話だけでも驚きなのですが、虎之助に関連する内容とは?」
「うむ。その事も書いてある。え〜と「そして、お主達兄弟の姉家族を召し抱えると同時に、家族の身内であり、お主の家臣で元服前の名が加藤夜叉丸という若武者の母も召し抱えた。との事じゃ。
吉六郎が言うには「母親曰く、加藤殿が自由に人を呼べる立場に出世するにはまだ長い時がかかるはず。
何の立場もない自身では、我が子に迷惑をかけるかもしれないから、柴田家の女中として仕えていたら、
少なからず立場がある為、我が子を見る事、会う事が叶うかもしれないので、お願いします」と懇願して来たので、召し抱えました。母親は元気に働いております。
もしも、羽柴様が加藤殿と母親が会う事をお許しするのであれば、我々も母と子の久しぶりの親子水入らずの為の場を用意します」と申しておる。この事を件の若武者にしっかりと伝えておけ!」
これが虎之助に関する内容じゃ」
秀吉から教えられた清正は
「母上。拙者の為に」
言葉に詰まる程、泣いていた
「まあ、要は「儂達の身内が柴田家で働いておる」という事じゃ。これは考え様によっては、戦の無い場所で生きているし、同じ織田家中に居るなら、顔を見る事も出来るじゃろう。
虎之助、吉六郎殿はお主達親子の場を用意すると言っておる。その時が来たら、母君に会えば良い」
「殿。ありがとうございます」
「うむ。虎之助は戻ってよいぞ。引き続き役目に励んでくれ」
「ははっ。では、失礼します」
そう言って清正は部屋の外に出た。部屋に残っていた秀長は
「兄上。拙者を残したという事は、もう一つの文はよろしくない内容なのですな?」
「うむ。先ずは読んでみる。読み終えた後、感想を聞かせてくれ」
「はい。お願いします」
「では。えーと「おい猿!貴様が一昨年に浅井の家臣だった宮部某を調略した際に養子という名目で出した人質の子は、姉家族から無理矢理奪って来たのではないのか?貴様の姉は、我が子が武士になるのを反対しているのだぞ!
儂は貴様からの文で「姉家族が我が子が裕福な生活が送れるならと喜んで養子になる事を了承してくれました。この子を宮部殿の元へ送り、裏切りを防ぎたいと思います」と書いていたからこそ
その後の浅井討伐の先陣を任せたのだぞ!結果的に浅井は滅んで、宮部は裏切らなかったが、一昨年の時点でお主の姉家族は、ただの百姓だったのだぞ!我々武士の政に巻き込むな!
儂の正室の帰蝶は、貴様の姉が柴田家に仕えた理由はお主にまた子を奪われない為だ。と推測しておる。
これが当たっているかどうかまでは聞かぬが、今後、再び調略の為に人質を差し出す必要が有った場合、
幼子を奪うなどの野盗まがいな事をしたと発覚したら貴様の命は無いと思え!」との事じゃ」
「これは大殿は分かっている上に、お怒りと見て良いでしょうな」
「何故じゃ!何故、殿は理解してくださらぬ!?確かに儂は姉さの長男の治兵衛を無理矢理奪って養子にして、更に宮部への養子という名の人質にした。だがそれは
織田家の為なのじゃ!なのに、なのにいい!!」
「兄上。お気を確かに。文の中で大殿は「今後、この様な事はするな」と言っております。次に調略を仕掛けないといけない場合は、別の策を考えましょう」
「そ、そうか。それもそうじゃな。小一郎、少しばかり落ち着いたぞ。流石じゃな」
「兄上、まだまだ戦が有るのですから。いつもの兄上で居てくだされ」
「うむ。済まぬな。役目に戻ってくれ」
「では失礼します」
秀長が部屋を出た後、秀吉は
(おのれ〜!柴田の小童!儂の出世の邪魔をしおって!!貴様は親父の領地を引き継ぐ事が出来るのだから大人しくしておけばよいものを!!儂みたいに死に物狂いで働きながら領地を得る苦労も無いくせに!
武士の子として生まれた時点で、既に領地を持っているくせに!!おのれ〜!!この恨み!絶対にぶつけてくれようぞ!)
自分勝手な憎しみを吉六郎に抱いていた。




