下準備は出来たが、こんな状況は想定外
更新がだいぶ遅くなり申し訳ありません。仕事の休みがほとんど無かった事と、一部の方からの感想とは言い難いコメントにメンタルがダメージを受けてしまい、ここまで遅くなりました。
天正二年(1574年)九月三日
遠江国 浜松城内にて
「織田様からの提案は以上にございます」
「うむ。作左も万千代もご苦労であった。その内容ならば、不満を持つ者も出ないと儂も思う」
岐阜城での話し合いからおよそ2週間、浜松城に戻った使者役の2人は決まった内容を家康に報告していた
「殿。宜しいでしょうか?」
「何じゃ弥八郎?」
「いえ。作左殿と井伊殿が織田様と話し合って来た内容の中で、「武田との戦で武功を挙げてもらって反対派を黙らせる」と有りましたが、その武田との戦が起きない場合、対処方法が白紙になりますので、何かしら考えていた方が良いかと」
「むう。それは確かに有り得るか。武田は信玄坊主が死んだが、領地開発を優先した場合、戦をしないだろうしな。
かといって我々が攻めるにしても、三河の武田を追い払う動きを見せたら信濃から背後を攻められる可能性が高い。逆も然りじゃ。う〜む。戦が無いなら無いで平和でありがたいが、それは戦を先延ばしさせているだけじゃからなあ」
「ですが殿。戦が起きない場合は、三河国内の領地開発を手伝ってもらって。その褒美で於古都様を嫁に。という案も候補のひとつと考えても」
「そうじゃな。戦が起きないならば母上も安心出来るだろうし、今のところは武田の動きを監視するに留めておこう」
「「「ははっ!!!」」」
こうして吉六郎への対応を考える話し合いは終わった。
天正二年(1574年)十月五日
三河国 岡崎城内にて
「竹千代!父の元へ来るのじゃ!ああ〜、また徳の元に行った」
「うふふ。三郎様、やはり乳飲子は乳を与える母親が良いのですよ。本来なら乳母が居ますが、私も時々は与えてますからね。
お〜、よしよし竹千代。今日は昨日以上に歩きましたから疲れたでしょう?瞼が閉じそうですね。ふふっ、ゆっくり休みなさい」
「三郎も徳も、私にも竹千代を抱かせなさい」
「母上」
「義母上。申し訳ありませぬ。竹千代が歩いてくる姿があまりにも可愛らしいので、つい」
「まあ、気持ちは分かりますから、あまり言わないでおきましょう。では竹千代を。ふふっ、寝顔を見ていると三郎の幼い頃を思い出します。あの頃の三郎は、私や乳母は勿論、家臣の誰かしらが側に居ないと泣いていましたね」
「母上。それは」
「あら、三郎様の幼少期にその様な事が」
「まあ、三郎が幼い頃、私の叔父で今川家当主の義元公が戦で討ち死にして、その対応をどうすべきかで家中は殺気立っておりましたからね」
「私の父が」
「徳。誰が悪いとかはありません。この戦の世の習いです。確かに最初は織田殿を恨みました。
それでも、この戦の世を殿と共に変えていこうとする気概を人伝でも聞いていたら、織田殿も殿も、私の恨み辛みの全てを受け入れた上で戦無き世を作ろうと邁進しております。
それを思えば私もその様な感情を持っていてはいけないと思いましてね」
「義母上」
「それに戦無き世が到来したら、孫どころかひ孫を見られるかもしれないのですから。竹千代が元服した時、戦が起きない平和な世の中になっている様に神仏に願掛けした方が有意義ですよ」
瀬名がその様に話してしんみりとした空気になると
「ほああ〜」
竹千代が泣き出した
「あらあら、お腹が空いて来たのですか?それでは乳母の元に参りましょうか」
「義母上。それは私が」
「ふふふ。徳、良いのですよ。たまには私も祖母らしい事をさせてください」
そう言って瀬名は竹千代を連れて乳母の元へ向かった
2人きりになった信康と徳姫は
「徳、儂は幸せ者じゃ。美しい嫁が居て、可愛い我が子も居て、嫁姑の関係も仲睦まじい。他の家では、この様な事は中々無いじゃろうな」
「もう、三郎様。それを言うなら私も幸せ者です。見目麗しい夫が居て、可愛い我が子が居て、義父上も義母上も優しく接してくださるのですから」
2人だけの世界に入っていたが
「三郎様!頼まれておりました、竹千代様の衣類を始めとした品物が届きましたので、中に入っても宜しいでしょうか?」
隣の部屋に居た家臣の石川の声で元に戻った。そして、
「あ、ああ。入ってまいれ。徳も一緒に居るから丁度良い。共に見ようではないか」
石川を自分達の前に呼んだ。石川は商人と共に信康夫婦の前に品物の入った葛籠を出して、中を見せた
「おお。これは竹千代が二歳半か三歳になるまで着られそうじゃな。これも、これも良い品じゃ」
「三郎様。こちらも竹千代へ」
「うむ。確かにこれも竹千代へ良いな」
2人の会話を聞いていた石川は
「お二人共、改めて親になったのですな。会話の内容が竹千代様の事ばかり。一年前のお二人からは想像も出来ない程、自分の事は後回しにしておりますな」
と、感慨深い様子で言葉をかけた
「確かに竹千代の事を最優先に考える様になったな。親になったから。
というのも理由の一つではあるが、吉六郎殿の領地の差配と領民からの慕われ度合を見ていたら、儂も気張らないといけないと思ったし、借銭を出来る限り早く、父上達に返さないといけないからな。
城内で着る物は木綿で充分じゃ、徳も儂と同じで木綿の動きやすい格好じゃ。母上も少しは責任を感じておるのか、絹の着物はあまり着ない様になったしな」
「三郎様。少しずつですが、浜松の殿に近づいておりますな」
「まだまだじゃ。儂には父上の様な覇気や威厳はまだ無い。だからといって、我儘な子供のままでもいかんがな。先ずは質素倹約を少しずつじゃ」
信康の言葉に石川が泣きそうになっていると、徳姫が
「あら?これは竹千代には小さいですね。持って来ていただいて悪いですが、これはお返しします」
竹千代用の衣類より一回り小さい衣類に気づく。すると商人が
「こちらは、遠江国の徳川様から頼まれていた品物でして。これから持っていくので売物ではないのですよ」
と言ってきたので、信康が
「まさか父上に子が出来たのか?」
と聞いたが商人は
「いえ、手前どもは徳川様の子かどうかは聞かされておりません」
「三郎様。義父上に子が出来たなら、私達に知らせる文が届くはずです。きっと家臣のどなたかの子ですよ。それに見てください。男児向けと女児向け、それぞれの色合いの着物や召物が有るのですから、
きっと二人の家臣のお家にそれぞれ子が産まれたのでしょう」
「ふむ。父上は巷では律儀者と言われておるから、徳の申すとおりかもしれんな」
信康が納得していると、
「待ちなさい!!」
突然、部屋の襖が開いた。そこには般若の様な顔の瀬名が立っていた
「もし、そこの商人。これから遠江国の殿の元へ行くのですよね?」
「え、いや、次は」
「行くのですよね!!?」
「は、はい。徳川様の元に参ります」
「ならば、その道中。私も共に参ります」
「母上?何を言っておるのですか!?」
「義母上、危ないですよ!」
「黙りなさい!!これは私の直感でしかありませんが、殿が他の女子に手を出して子を産ませたに違いありません!間違いであったなら良いのです。しかし真偽が分からないからこそ、直接聞きに行くのです」
母親の怒り狂った顔を見て信康は止められないと悟った。しかし、そのまま行かせる訳にはいかないので
「母上。お気持ちは分かりましたが、せめて石川達を護衛につけてから出立してくだされ。拙者は父上に母上がそちらに行くと文を出しておきますので」
「それで構いません!さあ、出立の準備をしなさい」
こうして鬼嫁率いる集団が家康の元へ行く事が決まった。




