赤子の未来は自分の未来
天井二年(1574年)六月十日
美濃国 柴田家屋敷内にて
「ようやく古茶殿も、ここの暮らしに慣れて来たか」
皆さんおはようございます。徳川家の隠し子騒動に関わっております、柴田吉六郎です
1ヶ月前にこの事を知らされた時は、「俺みたいな子供が出来る事なんて、無いだろ!」と思っていたのですが、
どうやら難しく考えずに、源太郎達を家臣に加えた時の様に、優しく接していけば、何とかなると思えて来ました
まあ、此処には歳が近い光や花も居るし、子育て経験者のつるさん達も居る。
於大様が厳選した侍女の方々も居るし、家康さんの贖罪の気持ちからなのか、お米とお金が定期的に送られて来ます
そんな中、付き添いで来ていた井伊殿から
「於大様から参加のお許しは得ましたので、吉六郎殿。家臣の皆様の訓練に拙者も参加してよろしいでしょうか?」
と、聞かれたので「どうぞ」と送り出したのですが、
「井伊殿!下り坂ではゆっくりでも良いから、走ってきなされ!歩いても止まってもならぬ!」
と、同じく付き添いの本多作左衛門様に怒られながら、坂道ダッシュ3往復を達成しました。ですが、
「うおおお!う、腕が震える!」
「は、腹が!」
「あああ!背中が!!」
「脚、脚が!言う事を聞かぬ!」
筋トレでは水野家の皆さんと同じで4種とも20回のメニューにしたのですが、
やっぱり初心者には地獄のメニューになった様で、後で本多様に聞いたら
「井伊殿は於大様に「平八郎と小平太も、最初にやった時は動くのもやっとでしたから、仕方ないですが、これでは戦の無い日々は怠けていたと言われても反論出来ませんよ?」と言われておりました」
との事です。
まあ、史実なら徳川家の戦で常に先陣を切る役割で、移動手段の殆どが騎馬になる人が坂道ダッシュするんだから、動くのもやっとになるのは仕方ないかな
で、そんな井伊殿が俺達が受けてる水野様の教養の座学に参加してるんだけど、家康さんの小姓をしていて、色んな偉いさんとの折衝役を務めているだけあって、
理解が早いし、うちの赤備え達にも分かりやすく教えてくれている。文武両道のイケメンって現実世界で居るんだ。マンガの世界だけだと思っていましたよ
そんな日々が続いている中で、於大様から呼ばれました
「於大様。何かありましたでしょうか?」
「吉六郎殿。良くぞ来てくださいました」
部屋に行ってみたら水野様も居ました。2人は兄妹だから、別におかしな事は無いけど、何故?
「吉六郎殿。儂が居る事が不思議に思うかもしれぬが、とりあえず座ってくれ」
「はあ。では、失礼します」
「いきなり呼びつけて申し訳ありません。単刀直入に聞きますが、吉六郎殿。あなたは何処かの家の娘が嫁入りする事は決まっておりますか?」
え?於大様?そんなのは、大名同士でやる事では?うちみたいな一応、上の立場とはいえ、一家臣がそんなのは無いですけど
「いえ。父上からはその様な事は何も言われておりませぬが」
「そうか。ならば吉六郎殿」
「兄上。兄上からだと、吉六郎殿が色々と大変な事になります」
「於大よ。それをお主が言うか?どちらかと言えば、お主の方が立場的に」
「私は「あくまで」吉六郎殿に聞くだけでございます。それに、私だけでなく、本人が吉六郎殿なら。と言っているのですから」
ちょっと2人共?それなりに立場のある人同士で兄妹喧嘩はやめてもらえませんか?
俺が目で訴えていると
「あら。すいませんね吉六郎殿」
「いえ。で、改めてなのですが、どの様な用件で拙者は呼ばれたのでしょうか?」
「本人から話した方が早いでしょう。古茶、入りなさい」
「失礼します」
そう言って古茶さんは赤ちゃんを抱いて入って来たけど、侍女さん?乳母さん?もう1人の女性が赤ちゃんを抱いてるし、何かあったのか?
で、そのもう1人の女性が抱いてた赤ちゃんを於大様が受け取って、あやしてるけど
「古茶。しっかり伝えなさい」
「はい。改めてまして吉六郎様。私達親子が此処へ避難してきて、早一ヶ月が過ぎました。
吉六郎様や家臣の皆様はとても、お優しく、私にも子供達にも侮蔑の目や言葉無く接していただいて、感謝しかありません。
その様な待遇を受けておきながら、この様な頼みをする事は厚かましいですが、
私の娘の於古都を吉六郎様の嫁にしていただけないでしょうか?」
え?は?いやいや、古茶さん?多少訳ありとはいえ、まがりなりにも貴女の娘は徳川家の姫ですよ?
「あの、古茶殿?拙者は未だ元服もしてない童なのですぞ?そんな重大な事は」
「吉六郎殿。古茶は、この一ヶ月の間、あなたが領民を慈しむ様に、於義伊と於古都の相手をしてくれる事と、あなたが言った言葉が胸に刺さっているからこそ、
あなたに大切な娘を嫁にして欲しい。と申し出たのです」
「吉六郎様は、双子という忌み嫌われる存在を宝だと仰ってくださいました。この言葉に私は、どれだけ救われたか。
優しい吉六郎様ならば、於古都が嫁に行っても幸せな人生を歩ませてくれるはずだと、私は思ったのです。なので、どうか!」
古茶さんが平伏してきたんだけど?
「吉六郎殿。私からもお願いします」
ちょっと於大様まで?
「儂からも頼む」
水野様も?
「ちょ、ちょっと御三方?と、とりあえず頭を上げてくだされ!その話を受ける事は拙者は構いませぬ。ですが、拙者は現在、何の権限も無いただの童にすぎませぬ。
なので、そう言った話は殿と徳川様での取り決めになると思いますので」
「吉六郎様。今、その話を受けても構わないと仰ってくださいましたよね?」
「古茶殿。言いましたが」
「吉六郎殿。織田殿と二郎三郎は勿論、お父上の柴田殿も了承したら、於古都を嫁に貰ってくれますね?」
「はい」
「あ、ありがとうございます。これで、於古都は辛い人生を送らずにすむと思うと」
あの〜。俺が良くても、殿達がダメだと言う可能性も有りますよ?
「ふふふっ。これは再来月、遠江国に戻ったら二郎三郎にこの件で織田殿に文を送る様に強く言わなくてはなりませんね。
岡崎の瀬名が何か言ってきても、「織田家の家臣の家に嫁いだ姫の兄に余計な事をするでない!」と立派な大義名分が有りますからね
これで於義伊と於古都が安心して暮らしていける。古茶!あなたの事も吉六郎殿達が守ってくれるでしょうが、甘えるだけではいけませんよ?」
「はい!於大様」
うん。完全に嵌められたな。でも、この時代、良くない立場の人は寺に強制的に入れられたりするから、於古都ちゃんがそうならない為の嘆願の意味もあったんだろう
まあ、今すぐじゃないし、もしかしたら家康さんが、「於古都は政略結婚に使うからダメ!」と言うかもしれないから、
成り行きに任せよう。




