御役目の前に
天正元年(1573年)九月二十三日
美濃国 岐阜城内にて
「殿。前日の御役目、引き受ける事に決めました」
「誠か!藤四郎よ、ただただ感謝する」
「ですが、殿。いくつかお願いがございます」
「何じゃ?申してみよ」
「では。これから激しくなる畿内の戦への参戦は諦めますが、畿内以外の場所、
それこそ東海道か中山道か北陸道、もしくは畿内より西での戦には、参戦させる確約をいただきとうございます」
「分かった。権六の領地へ行く前に必ずその旨を書いた文を渡す。他には何かあるか?」
「出発の前に、件の子と柴田殿の嫡男の吉六郎殿と軽く話をさせていただきたく」
「良かろう。お主の屋敷に吉六郎達を後で行かせる」
「ありがたき」
「改めてじゃが藤四郎よ。無理難題を聞いて受け入れてくれた事、誠に感謝じゃ」
「ありがたきお言葉にございます。では、先に屋敷に戻ります」
こうして信元の報告は終わった。その日の午後
「吉六郎様。どちらへ行くのですか?」
「三吉。これから行く場所は、お主が以前儂に頼んでいた、「師として色々教える為に領地へ来てくださる人」のお屋敷じゃ」
「誠でございますか!」
皆さんこんにちは。現在、三吉と道乃と紫乃さんを連れて水野様のお屋敷に向かっております、柴田吉六郎です
あ、ちゃんと源次郎達が護衛としてついております
話を戻しますが、殿から言われた時はビックリしました。まさかの俺の希望の水野様が三吉の先生役を受けてくれるそうです
それは畿内の戦への参戦を諦めた。という事ですからね。いくら三吉が帰蝶様の数少ない血縁者と言っても、幼子の教育の為に
出世や加増のチャンスを捨てるとは。親父と同じ50代だけど、親父と違って嫡男が元服してるから後を任せて悠々自適とか?
まあ、とりあえず話を受けてくれた理由は置いといて、
「さて、紫乃殿、道乃、三吉。これよりお会いする方は水野様というお方で、儂の父上と同じ年くらいで長く織田家に仕えておる
粗相の無い様にな」
「はい」
で、案内してもらって、屋敷内の広間まで行きました。そこに
「おお。良くぞ来てくれた。儂が水野藤四郎信元じゃ。吉六郎殿、お主の話は色々聞いておるぞ!「柴田の神童」と呼ばれておるそうじゃな」
「水野様。神童など恐れ多いですので。それに、これまでに起きた事は、たまたま拙者に都合の良い事が起きただけなのですから」
「ふっふっふ。謙虚じゃな。ならば、そういう事にしておこう。して、そこにいる幼子が件の子じゃな?名は何と申す?」
「三吉と申します」
「利発そうな子じゃな。して、残る二人は三吉の家族か?」
「三吉の姉の道乃です」
「二人の母の紫乃でございます」
(あ、水野様の目が。浜松城で同じ目を家康もしてたぞ。いわゆる「人を見る目」というやつなんだろうな)
「み、水野様。改めてですが、殿から聞きました。此度この三吉の師となっていただける様で。拙者の父上も挨拶に出向きたかった様ですが、殿に呼ばれた様でして。
拙者が代理を務めさせてもらっております。
あ、遅くなりましたが、こちら数日前に殿へお出しした物で南蛮人の主食のパオンでございます。良ければ」
(一口サイズに作っておいて良かったー!通常サイズは、この時代の弁当箱には潰さないと入らないから、見栄え的にはこれで良いはず」
「ほう。とれどれ」
水野様はそう言いながら、普通のパンを食べた
「ほお。米とは違い、噛むと甘味を感じるが、ほのかに酒の様な匂いも有るな」
「はい。それは麦粉と酒粕を混ぜて焼いただけの物でございます。他にも味や食感が違う物を入れておりますので、良ければ」
「では、この赤い何かが入っている物から」
次はジャムパンを食べた
「おお。パオンの甘味と赤い何かの甘味を感じるが、ただ甘いだけでなく酸味も感じる。これは一体?」
「その赤い物は家臣に教えられた木の実を夏蔦の樹液で甘く煮詰めた物です」
「木の実がこれ程美味い物になるとは」
感心した水野様は、それから粒あんパン、こしあんパンを食べた。どうやら水野様は粒あんが気に入った様だった
「さて、美味い物を食って落ち着いたところで。先ずは紫乃殿」
「はい」
え?俺じゃなくて紫乃さん?何故?
「紫乃殿。正直に答えてくだされ。紫乃殿は亡くなった夫殿の素性を最初から知っていたのですか?」
「いえ」
「では、いつ頃知ったのですか?」
「道乃の産まれた年に知りました。その年は美濃国の国主が斉藤家から織田家に変わった年でもありました。
ですが、斎藤家の残党があの人を攫って旗頭にするかもしれないから、父から他言無用と言われておりました」
「そうか。では、夫殿が亡くなられたのはいつ頃ですか?」
「三吉が産まれて三ヶ月も経たない頃に」
「亡くなられた要因は覚えておりますか?」
「元々、身体が弱く百姓仕事も満足に出来ない人でした。それでも、子を、特に男児を残さないといけないと頑張って、三吉が産まれて安心したのか、熱が出てそのまま」
「辛い事を思い出させてすまぬ。しかし、その様な状況から紫乃殿のお父上は、何故柴田家を頼ろうと?」
「それは吉六郎様を始めとする柴田家の皆様が、私達の為に田畑を改善するだけでなく、鹿や猪を狩って食べる事を強く進めてくれるなど、
今まで美濃国を治めていた斉藤家とは違うと、父が判断したからです」
(噂以上の神童ではないか!田畑を改善して収穫量を増やすだけでなく、鹿や猪を食べさせて食糧事情までも改善するとは)
「あと、おっ。じゃなかった母上。あれもありましたよ。柴田家で山の木の間を空けながら木を切ったら、山が崩れなくなった事も」
「話がそれましたが、水野様。吉六郎様が神童と呼ばれる程の賢いお子でも、三吉に教えてやれない部分はあると思います。
なので、改めて。三吉の師の役割を受けていただいた事、ありがとうございます。ほら、三吉」
「水野様。拙者はまだ三歳の童ですが、今の戦乱の世が続いた時に、何も出来ない男にはなりたくありませぬ。
なので、色々と教えていただき、元服したら吉六郎様と共に織田家が作る平和な世の一助になれたら。と思ってあります」
(まだ三歳で、これ程の強い目をするとは。これは松千代にも良い影響を与えるじゃろうな。そして、その三吉が慕う吉六郎。既に傑物の片鱗が出ておる。
二郎三郎が家臣に加えたい。と言うのも納得じゃ。これは予想外に楽しくなると同時に重要な役目じゃな)
「ふふっ。改めてじゃが、柴田殿の領地へ行くのが楽しみになって来た。
吉六郎殿。儂は三吉だけでなく、お主にも色々教えろと殿から言われておる。大変だとは思うが、覚悟しておく様にな」
(嘘だろ!?)
「楽しみにしておきます」
「本音が顔に出ておるぞ。まあ、じっくりやれば良い」
信元が経験から吉六郎の内心を見抜いたところで、顔合わせは終わった。




