信長様は悩みに悩む
天正元年(1573年)九月二十一日
美濃国 岐阜城内にて
「誰をつけたら良いかのう?若い頃に世話になった斉藤家再興の旗頭になる三吉の師とする者は」
信長は勝家を通して伝えられた三吉のリクエストに悩んでいた
本音としては、岐阜城内にて自らが色々教えて将来的に娘と縁組させたいと思っているが、
それは畿内を制圧してからでも良いとも思っていた。その畿内制圧の為には兵が1人でも多い方が良い事は間違いない」
しかし信長は
「権六の領地は美濃国の東端じゃ。行かせたら畿内での戦に参戦出来ぬ。それでは武功を挙げる事が出来ぬ。
ならば何処ぞの坊主を行かせるか?いや、もしも行かせた坊主が一向宗と繋がりがあって、万が一にも吉六郎達が信徒になってしまっては
問題じゃ。やはり坊主は駄目じゃ!
と、なるとやはり家臣の誰ぞか。今、儂の元に居る主だった将は権六、五郎左、滝川か。こ奴らは軍略も教養も有るから、師としては適任じゃが、
こ奴らには前線で指揮を任せるから行かせる事は出来ぬ
ならば指揮下に入っておる又左、内蔵助あたりは?昔より教養はついてきておるし、
いや、駄目じゃな。昔より教養がついたとはいえ、あ奴らが師となっては
三吉が粗忽者になってしまうし、武田への睨みとなると、色々と足りぬ
あの土地は名目上は権六の領地じゃが、実質的には差配をしておる吉六郎の領地であり、領民は吉六郎を慕っておるのは
前年の武田との戦の報告の文を見たら一目瞭然。吉六郎の為なら命を捨てても構わぬ者達が居る土地じゃ
その土地で吉六郎に慕われて、三吉に色々と教える事が出来て、武田へ睨みをきかせる事の出来る者は
ううむ。誠に悩ましい。これで行かせた者が三吉を気に入って、娘との縁組をさせようものなら
儂の構想が崩れてしまうし、かといって権限を使って離縁させて、再度儂の娘と縁組をさせても外聞が悪いしのう
家臣の誰かの親父でも生きていたら、頼み込んで行ってもらうのじゃがなあ、
将来的に織田家の一門に入らせるなら、儂の弟の誰かを行かせても。と思ったが、
弟達の中で軍略と教養の二つで頼りになるのは、尾張国を任せておる三十郎しか居らぬ
絶対に動かせぬ。他の弟は源吾を筆頭に戦では数合わせ程度で本陣に居るか、城で留守しか出来ぬ
それでは何も教えてやれぬか。やはり家臣の誰ぞしか居らぬか。かと言って、ううむ」
信長は悩みに悩むが、適任の人物が思い浮かばない。
「殿。入りますよ」
そんな時に正室の帰蝶が部屋に入って来た
「帰蝶か」
「先程から何やら悩んでいる様ですが?」
「うむ。三吉がな、「まだまだ学び足りぬ。権六の領地に戻っても学びたいから師となれる者を」と希望を出しておるのでな。
儂としても若い頃世話になった斉藤家を再興させる旗頭になる三吉に良い師をつけてやりたいからな。それに、帰蝶も血縁者が増える事は嬉しいであろう?」
「もう。殿、そんな事まで考えていたのですね。嬉しゅうございます」
「まあな。だが、それだけでは無いのじゃ。権六の領地は美濃国の東端じゃから、行かせたら畿内の戦に参戦出来ぬし、
信濃国と飛騨国から武田が攻めて来ない様に睨みをきかせられる者でないといかん。
それらの武勇だけでなく、三吉に色々と教えられる教養も無いといかん。更に言うなら、吉六郎もその者から色々学ぶだろう。
だからこそ、生半可な者では。なあ」
「殿でも即決出来ぬ事があるのですね」
「流石に、元服しておらぬ童の事を即決など出来ぬよ」
「まあ、家臣の方々の中で軍略の才と教養の二つを持っている人は居ても、戦に参戦出来ない事に納得出来る人は居ませんからね。
しかも、あの土地は徳川殿の領地である遠江国にも三河国にも近いですから、徳川家との関係も良好な人でないといけないですものね」
「それもあったな。しかし、軍略の才と教養があって、武田へ睨みをきかせられて、徳川家と関係が良好な者」
そこまで言うと信長は喋らなくなった。そして
「居るではないか!!」
突然叫びながら立ち上がった。
「帰蝶!三つの条件全てに当てはまる者が居たぞ!これよりその者と話をしてくる!帰蝶のおかげで見つかった!感謝する」
そう言って信長は部屋を飛び出した。それを見た帰蝶は
「ふふふ。思い立ったら即行動するのは若い頃から変わりませんね」
信長の後ろ姿を見ながら微笑んでいた。




