閑話 夫婦は父へ金を無心する②
元亀四年(1573年)三月十三日
美濃国 岐阜城大広間にて
場面は家康が妻と息子夫婦からの「金銭の要請書」を受け取る七日前
「さて、物見からの報告じゃが、武田が三河国の東側からほとんど動いていないそうじゃ。これは二郎三郎からの文にあった「武田信玄、重い病の可能性有り」が真実味を帯びてきた。
恐らく、三河国にいる信玄は影武者で本人は甲斐国へ戻る道中かもしれぬ。ならば、三河国に居る武田は徳川に任せよう。
儂らは浅井と朝倉を牽制しつつ、阿呆の公方に現実を分からせる。征夷大将軍を朝廷に返上して、政に関わらなければ、織田家で捨て扶持を与えてそこで庇護されながら余生を過ごすも良し。
そうでなければ。まあ、そこから先はおいおい考える。来月には京へ向かう!軍勢を整えておけ。権六達が睨みをきかせておる間は動けないはずじゃ。よし、それでは解散とする。各々持ち場へ戻れ」
「「「ははっ!!!」」」
大広間で開かれていた軍議は、来月以降の方針を決めて終了した。
そして、大広間に信長と帰蝶と小姓だけになった所に
「殿!柴田殿の領地に避難しております、徳姫様と夫の松平三郎様が殿へ、柴田殿の嫡男の吉六郎殿から父である柴田殿への文でございます」
「何事じゃ?まさか攻撃を受けておるのか?徳の文を寄越せ」
そう言って信長は徳姫からの文を取った
「父上へ。お身体に大事ありませぬか?私は三郎様と義母上と共に健やかに過ごしております。父上と義父上の話し合いで柴田殿の領地へ避難しましたが、
そこで柴田家の料理を担う、つる殿の美しさに驚嘆し私も義母上も更に侍女達も美しくなり、女子として自信がついたので、惚れている殿方へ思いを伝えて夫婦になりたいが、どうしたら良いかと侍女達の話を聞いて、どうにかしてやりたいと思い、
私と三郎様が吉六郎殿に頼んだ結果、集団で見合いを行なう事になり、見事に新たな夫婦が多数生まれたのですが、
その事で柴田家の皆様に無理をさせてしまいました。なので、柴田家へ金銭の援助をお願いします」
「帰蝶。お主の意見を聞きたい。徳からの文を読んでくれ。儂は婿殿からの文を読む」
そう言って信長は信康からの文を手に取った
「義父上へ。まだまだ寒さが厳しい時期ですが健やかにお過ごしでしょうか?避難先の柴田殿の領地で、吉六郎殿の家臣達が行なっている訓練と身体に良い食事のおかげで、
拙者も家臣達も腕や脚は丸太の様に逞しくなり身の丈も伸びて、男としての自信がついております。そこで家臣達が母上や徳の侍女の中に惚れた女子が居て、
思いを伝えたいと知ったので、吉六郎殿に頼んで、集団で見合いを行ないました。
その結果、新たな夫婦が生まれたのはよいのですが、柴田家に多大な負担を負わせてしまったので、柴田家へ金銭の援助をお願いしたいと思い、筆を取りました。
勿論、この事は浜松にいる父にも文を出しております。距離の問題で義父上の所に早く届くと思います」
「徳も婿殿も、避難先が安全だからと言って何をしておる!!しかもこれは本来なら徳川家の問題ではないか!あ奴ら、吉六郎が童だからといって無理難題を聞かせたに違いない!!これから畿内を制圧して、公家共を黙らせる為に金が必要な時期に!!」
信長のイライラがピークに達しようとした時、帰蝶から
「殿。吉六郎からの文を読んでからどうするか決めても良いのでは?」
「権六には悪いが、そうさせてもらおうか。どれ」
「父上へ。父上が拙者にしっかりやる様に!と伝えた松平三郎様一行のお世話ですが、
そこで三郎様の家臣の皆様と、築山様と徳姫様の侍女の皆様の集団での見合いを開いてくれないかと三郎様と徳姫様御夫妻に頼まれたので、開催して新たな夫妻が多数生まれたのですが、避難している方々へ
「開催にかかった金を寄越せ」とは言えないので、屋敷内の酒を始めとした売れる物を売って金に変えたいと思います。よろしいですよね!?何の褒美も無ければ家臣達の働きに報いてやれないので。
よろしいですよね!文が父上の元に届いている時点で粗方の物は売られていると思ってください」
これを読んだ信長は
「吉六郎の方がしっかりしておるではないか!!!」
更に怒りがヒートアップした
「吉六郎が徳や婿殿に金を寄越せと言えないのは分かる。しかしじゃ!それなら徳と婿殿と姑殿が「この金でやってくれ!」と最初に渡すべきであろうが!!!
こんな元服前の童に無理難題を押し付けおって!しかも尻拭いもしてやらないとは、我が娘と婿殿ながら情けない」
軽く落ち込んでいる信長を見て帰蝶は
「殿。この件で権六殿は吉六郎をどうこうするとは思わないですが、伝えるのは」
「いや!徳と婿殿の我儘を聞いたからこうなったのじゃ!権六の事じゃ、恐らく吉六郎には「全て叶えて差し上げろ!拒否するな!」と言い聞かせていたじゃろう。この件で権六と吉六郎は何も悪くない。
責任を負うべきは徳と婿殿じゃ!金も出さないどころか止めもしない姑殿にも幾許かの責任はあると思うが、流石にな」
「では?」
「二郎三郎と文をやり取りして落とし所を決める。全く、元服前の童に金の心配をさせるほど働かせる事は本来あってはならぬ事なのだがな」
信長はそう呟くと、遠い目をして斜め上を見ていた。




