1-7-1 無力(1)
ドスレイの騒動が一段落してから数日経ったある日。
俺が執務室で書類の処理をしているときに、突然後ろから誰かの声がして俺は驚いた。
「ふむ、数ヶ月前まではただの草原だったとは思えん発展ぶりじゃのう」
こういう悪趣味なことをするやつは一人しかいない。
ルクリウスだ。
俺はペンを置いて文句を言う。
「おい……来るならちゃんとドアから入ってこい……」
「ふふ、わしにそんな常識はない」
「というかどうやって入った?」
「それが分からないようじゃ、まだまだ修行が足りぬな」
「……まあ、いい。何か用か?」
ルクリウスはあちこち放浪しているが暇ではない。
わざわざ俺のところに来たということは何か用事があるはずだった。
「以前、七聖会議に誘ったのは覚えておるか?」
「ああ……リーリアと一緒に来たときにそんなことを言っていたな……」
「くくっ、リーリア、か……」
「何がおかしい……」
「いや? 親の仇を見るような目で見ておったのに、随分親しくなったのじゃな、と思ったまでじゃ」
「どうでもいいだろう?さっさと本題を話せ」
「なに、リュクセイオンがお主を七聖にすると言っておってな。七聖会議でお披露目をしたいから、というわけじゃ」
「……七聖か。入ってもいいが、俺にメリットがあるのか?」
少し前から俺が七聖になったら、アイルゴニストにとっても少なからずメリットがあるのではないかと考えていた。
しかし、喜んで入るという姿勢を見せるのも癪だから、迷っているふりをしてみる。
「相変わらず演技が下手じゃな。リュクセイオンはいくつか見返りを用意していると言っておったな」
「見返りって?」
「たとえば、アイルゴニストに対する支援とか……」
「ふむ……」
正直言って、アイルゴニストの財政状況はそれほど良くない。
もともと傾いていたが、俺がアイルゴニスト国王になってからいろいろトラブルが発生した関係で今年の予算が増えていた。
当初は俺の魔法によって生産された作物や魔道具を近隣諸国に売って金を調達する予定だった。
しかしそれも魔族との戦闘に時間を取られたことで思ったほど進んでいない。
そういう状況なので聖地からの支援があれば正直ありがたい。
だが、交渉というのはこちらに有利な条件を引き出せるだけ引き出してこそだ。
「悪い話ではなさそうだが、そこまで魅力的でもないな。聖地の支援がなくてもアイルゴニストはやっていける」
「それだけじゃないぞ? お前が一番欲しいものを用意していると言っておった」
「一番欲しいもの? 心当たりはないが……?」
「『蘇生』の情報じゃ」
「なに!?」
立ち上がって大きな声を出してしまった。
ルクリウスはそんな俺を見ながらにやにや笑っていた。
「どうじゃ? 七聖になる気になったか?」
「その話、本当なんだろうな? 以前リュクセイオンに聞いたとき、知らないと言っていたが……」
「おいおい、お主もあの見た目に騙されているのか?」
「いや……しかし、本当に『蘇生』が……?」
「わしは知らぬ。直接リュクセイオンに聞いたらよいじゃろう。それで? どうするんじゃ?」
「……いいだろう」
「ふふふ。七聖会議は来週の頭からじゃ。遅れるんじゃないぞ」
「あ~!! 全然仕事が片付いていないのに!!」
「くくく、王様稼業も大変じゃのう」
ひとしきり笑ってからルクリウスは帰ろうとしているので、俺は引き止める。
「もう帰るのか? 紹介したいやつがいるんだが」
「お主の弟子じゃろう?」
「知っていたのか?」
「この世界にわしが知らないことなどない。この前の戦いはリュクセイオンと一緒に観戦しておったぞ」
「性格の悪いやつらめ……見ているなら助けてもいいだろうに」
「わしとリュクセイオンが助けてもよかったんじゃが、そうなってたら三万の兵は全員死んでおったぞ? そういう意味では、お主はわしらが介入する以上の成果を上げたとも言える」
「……まあな。今回は入念な準備をしたから、犠牲を出さずに済んだだけだ」
「ふふ……ああ、忘れておった。お主の弟子を勇者として認めるとリュクセイオンが言っておったぞ。七聖会議に連れて来い、じゃと」
「……そうか。まあそうだろうな」
「そういうわけじゃから、七聖会議のときに紹介してもらうことにする。わしはこれでも忙しい身じゃからのう」
「……わかった」
「それじゃ」
そう言ってルクリウスは透明になって姿を消した。
どういう魔法を使っているのか皆目分からない。
おそらく『隠蔽』を組み合わせた魔法なんだろうが。
昔から突然沸いて出るから対応に困る。
どうやっているのか聞いても、しらばっくれて教えてくれない。
「しかし、困ったな……」
仕事が全然進んでいないのに、これからしばらく聖地に行くとなったらエーデルロンドになんて言われるだろう?
決して仕事をサボっているわけではないが、処理しても処理しても書類が次々運ばれてくる。
俺が一人で処理するのにも限界があった。
いざとなれば時間操作をするつもりだが、そこまですることなのかという疑問が出てくる。
そこまで重要ではないことなら俺の承認なしで実行してもいい。
しかし、エーデルロンドは俺の承認が必要なものだけを選別してくれているはずだった。
それを言い出すと仕事をしたくないと言っているのと同じなのでなかなか難しい。
前国王はどうしていたかと聞いたら、「よきにはからえ」で終わりだったとか。
意地でもそうはなりたくないと思っているが、俺のせいで滞っている仕事すらあるような状況なので大差はない。
「どうしようもないよな……」
再び机に向かいながら、俺はエーデルロンドになんて説明しようか悩むのだった。




