1-6-12 決死(12)
その日、城の前の広場には多くの人が詰めかけていた。
皆、反逆者の公開処刑を見に来た者たちだった。
今のハイリーンには娯楽がないから、これだけの人が集まったのだろう。
俺の陰鬱な気分とは裏腹に、今日はすっきりと晴れていて爽やかな風が吹いていた。
夏が近づいているせいで日差しは強く、それなりに気温は高い。
民衆から離れたところでは飲み物や果実を売っている者がいた。
俺は背丈よりも遥かに長い処刑用の大剣を肩に担いで壇上に上がる。
民衆が大きく湧いて、口笛を鳴らす者もいた。
俺は『拡散』を発動して民衆に語りかける。
「これより反逆者の処刑を執行する……ここにいる2名、アシュロン公爵とシュルネル伯爵は不遜にも私を簒奪者と呼び、臣下の身でありながら王の首を狙って兵を挙げた。よって王の名の下にその罪を己が命でもって償わせることとする」
俺が刑の執行を宣言すると、民衆は手を叩いて喜び、野次を飛ばす。
日頃はお高くとまった貴族を、平民が安全な場所から中傷できる機会などそうあるものではない。
人々は興奮し、異様な熱気に包まれていた。
俺は『拡散』の魔法を解除し、刑の執行準備をする。
両手両足が縛られ、木製の処刑台に括り付けられた二人を見る。
まずはシュルネル伯爵からだった。
俺は伯爵の口に噛まされていた布を取ってやる。
「言い残すことは?」
「王は今も変わらずヘインレル陛下のみ!この簒奪者め!」
シュルネル伯爵は以前も聞いた文句で俺を罵ると、なんとか台から離れようとして身体を動かしている。
俺は大剣を脇に構えて狙いをつける。
俺の影がシュルネル伯爵の首にかかっていた。
剣の軌道を頭の中で何度も思い描く。
失敗したら無駄に苦しませることになる。
呼吸を整え、意識を集中する。
民衆が静まり返ったそのとき、俺は大剣を頭上に振りかぶり、一息で伯爵の首に振り下ろした。
伯爵の首が壇の上に落ちると、民衆が喝采を上げた。
民衆が熱狂する中にあっても、俺の心は静かだった。
続いてアシュロン公爵の横に立つ。
公爵の口の布を取ってやり、最後の言葉を聞く。
「私は無実だ」
冷や汗で髪が額に張り付き、無精髭が生えた顔からは血の気が引いていた。
アシュロン公爵の全身が大きく震えている。
シュルネル伯爵は自らの意思で兵を挙げた。
しかし、アシュロン公爵は自分の意思ではなく、ドスレイに操られていた。
それを知りながら、俺は公爵の命を奪う。
大剣を脇に構える。
アシュロン公爵が何かを叫んで暴れている。
何を言っているのか、俺には聞こえなかった。
音は消え去っていた。
俺に聞こえるのは自分の鼓動と呼吸音だけだった。
無心で大剣を振り下ろす。
大剣が木の台に食い込む手応えを感じた後、アシュロン公爵の首がひどくゆっくりと転がるのが見えた。
音が戻ってくる。
民衆が喜びに湧いていた。
貴族が処刑される姿を見て、胸がすく思いなのだろう。
俺は手を挙げて、皆の歓声に応える。
再び『拡散』の魔法を発動した。
「反逆者は処刑された!私に逆らう者はこうなる運命にある!」
民衆は声を揃えて、
「アイルゴニスト万歳!!レイン陛下万歳!!」
と叫んでいた。
俺はにっこり微笑んで手を振り、民衆の声に応える。
一際大きな歓声を背に俺は壇を降りた。
大剣を王国軍の兵に預け、俺は自分の執務室に戻る。
部屋にはエーデルロンドが待っていた。
「お疲れ様でした」
「ああ……」
俺はどさりと音を立てて椅子に座った。
「魔族を殺すほうが楽かもしれないな……」
そんな愚痴をエーデルロンドに零す。
「アシュロン公爵の罪は魔族に付け入られたことにあります。あまりお気になさらないでください」
「そうだな……綺麗事だけで王が務まると思っていたわけではないが……」
俺は目を閉じ、身に覚えのない罪で拘束され、処刑される恐怖と屈辱について考えていた。
そして、それを与えた俺の罪についても。
「……国を治める以上、筋の通らない手段を選ぶしかない場合もあるでしょう。私も陛下と共にその罪を背負っていきます」
「ありがとう……今なら前国王が俺の命を狙ったのも分かる気がする……国を守るためには問題が起きてからでは遅い。先んじて手を打たねば取り返しがつかないこともある……今回はたまたま上手くいったが、状況によっては首を落とされていたのは俺だったかもしれないからな……しかし、やはり最後には力が物を言う……魔族との戦いでも、人間同士であってもそれは同じだ……」
「……力が無い者は跪いて服従するしかありません。陛下のお力が無ければアイルゴニストの民は今頃ハーフレイルに対してそうしていたでしょう……」
「そうだろうな……アイルゴニストを他国に負けず、魔族にも負けない国にしていかなくてはならない……そのためにお前の力を貸してくれるか?」
「はい。この身、陛下に捧げます」
「……よろしく頼む」
俺は執務室の窓から、人でごった返した広場を眺めた。
大きな石を飲み込んだような身体の重さは、いつまでも経っても取れなかった。




